

平成7年にみのる塾の前身である
「脳研ゼミナール」を諫早市幸町に立ち上げました。
その後塾生数が減ったので「その塾」を畳んで
家内がやっていた「みのる塾」と合併させたのです。
その時から私が教壇に立ったのは
前職を辞めた直後に
専門である「国語」を短期間教えたり、
高校生に一時期「国語」を教えたりした以外は
教壇に立ちませんでした。
代表としての仕事は
多岐・多方面にわたり、みんなが苦手にしている
「経営・経理・渉外・企画・宣伝・IT利用」などに
特化し、専念してきたのです。
しかし、最初からすると「18年」、
みのる塾から勘定すると「16年」経ちましたが
私が目指した「行列のできる塾」にはなっていません!
中国の諺に「百年河清を俟つ」というのことばがありますが、
「人に頼っていてはできない」と思ったのです。
ところで、「夢をつくる 未来をつくる」に象徴されるように
塾生に「目的」を持たせ、「目標」を持たせ「Plan,Do,Check」が
出来れば、成績は自ずと飛躍的に向上します。
「論より証拠」、私たちの子供は
長女は上智大学外国語学部フランス語学科に、
長男は東京大学文化Ⅰ類(法学部)に、
それぞれ現役で合格できましたが、
それは小さい頃からの「子育て」に始まり
彼らを実験台にしてやってきたさまざまな試みが
功を奏しての実績です。
塾生にそのノウハウを応用できなかったのは
私自身が「楽」をしていたためでした。
そういった「自己反省」から
今回こういう決断をさせていただきました!
すなわち、代表である私が
専門でない「数学」を突破口にして
(数学であれば成績は飛躍的に向上します)
塾生の総合成績を劇的に上げて見せます!
幸い、私は母親と叔母が
佐世保女学校(今の佐世保北)で学年で首席になったことを
小学低学年の頃から聞いて育っていたため、
中学生になると「超苦手の体育」を克服した経験から
総合成績では常時学年トップでした。
(勿論、オール5の経験もあります)
その頃は苦手の数学も全て5の評価を頂き、
高校生となってからも1、2年生はクラスで
1、2番(学年5、6番)でした。
3年生になって「理系特進クラス」に入ると
流石に学年トップにはなれず、
10番前後でしたが数学は相変わらず好きな教科でした。
そんな経験がありますので
「方法論」さえ確立できれば
国語・英語のように時間をかけずに
お子様たちの成績を数学だけでなく、
劇的に伸ばす自信があります!
今まで出来なかったことをたった1年で実現して見せます!
「みのる塾」のチャレンジから目が離せません!
「乞う、ご期待!」です!
去る4月6日(日)は、親和銀行多良見支店、
諫早駅、高速入り口で待ち合わせをして
マイクロバスで佐賀文化会館で開催された
「国際ロータリー第2740地区の地区大会」に出かけました。
「地区大会」という行事は
長崎県と佐賀県に全部で
10あるグループの全てが集まる年次大会のことです。
主に3年以内のロータリアンを対象にして開かれる
勉強会なのですが、
なかなかその日にあわせて
行ける人が少ないので
行ける人たちを募集します。
うちのクラブは結束力が固いので
結構出席者数は多いほうだと思います。
ホールに入場するまでの待ち時間は
みんな思い思いの会話を楽しんでいました。
2012~2013年のRI会長は日本人の田中作次さんなのですが
代理として国際ロータリー第3460地区の劉昭惠さんが
台湾から来られていました。
日本語、英語、中国語を巧みに
使い分けてのスピーチは見事でした!
また、交換留学生や米山奨学生を紹介する場面では
諫早多良見ロータリークラブに預かっている
ニーナ・サルタンさんがスピーチを披露し、
ジョークを交えての日本語が結構受けていたようです。
午後1時30分から始まるのですが
かなり長時間に及びますので
3回ほど休憩時間をはさみます。
みなさんトイレに行ったり、
ロービーでコーヒーブレークをしたりして
次に備えます。
でも、この日のお目当ては
何と言っても谷川俊太郎氏の記念講演でしょう!
私も彼が何を私たちに語りかけるか
注目していました。
先ず、講演していた時間中(約90分)ずっと立ったまま喋り続けたという点と
原稿なしのアドリブであったという点が特筆できます。
流石にフリージャーナリストだけあって
様々な話題に及びましたが、
自分が癌を患った体験から「佐賀市鳥栖」にできる
「重粒子線治療」に始まって「陽子線治療」との比較論から始まり、
超高齢化社会を迎えた日本がすべきことは
子育て支援に第3子から1000万円支給したり、
高齢者の定義を75歳以上にすべきなどという具体的な提案を
交えながらの話の展開は
実に説得力がありました!
私は、つい最近アイ・シー・ラボの川口福太郎君と
この人口動態については
国は前々から分かっていたのに
どうして手を付けないのだろうかという話を
したばかりでしたので
鳥越さんの話は凄く今後の日本の未来を
象徴する話として説得力があったと思います!
でも、日本の政治家や地方自治体の責任者は
こういう人口を増やすなどという話では
票にならないので多分耳を傾けてくれないでしょう!
次年度は私の出身地である
平戸での開催ということで「平戸ロータリークラブ」が
最後に次年度のご案内をされていました。
全ての日程が終了したら、
次は記念懇親会ということで
場所を「ホテルニューオオタニ佐賀」に移して
開催されました。
しかし、何時ものことですが
来賓今回は特に台湾から劉さんが見えていて
お色直しがあったのか相当待たされました。
来賓席が埋まる前から
みんなは飲んだり食べたりして
1時間後には出来上がってしまいました。
私もウイスキーを
水割りで10杯ぐらいは飲んだかも知れません。
嬉野クラブには大正屋の山口さん、
有田クラブには酒井田さんなど
長崎日大の卒業生の保護者もいらっしゃるので
挨拶が欠かせません。
この時も台湾の劉さんは饒舌でした。
もう、みなさん酒が回っているので
大半の人は聞いてなかったように思います。
私たちは、来たときと同じで
マイクロバスで諫早へ戻りました。
でも、うちのクラブはここで解散というわけではありません。
ちゃんと二次会をセットします。
昨日は、私の教え子の福島君が経営する
「呑気」が会場で、
大会に行けなかった中村克三さんと菖蒲さんも
かけつけました。
日本は、これまで中近東を中心とする「石油」、
今日は塾長(家内)が久しぶりに上京するということで
長崎空港まで送っていきました。
私は、明日佐賀市で
国際ロータリークラブ第2740地区の地区大会があるのと
明後日7日は「長崎日大」の入学式で
出席することになっていたので
行きたくても行けませんでした。
長女と長男のところに
それぞれ第2子の孫たちが生まれたのを
祝うために行きました。
そんなわけで今日は長崎空港について
触れてみようと思います。
ご承知の通り「長崎空港」は、
箕島という島を拡張して作られた
世界で初めての海上空港として1975年に
誕生し営業を開始しました。
それ以前は対岸にある
海上自衛隊大村航空基地(海上自衛隊大村航空隊と第22航空群使用)が
大村空港と言っていました。
滑走路は、長さ1,200m×30m幅と長さ3,000m×60幅と
2本あります。
箕島は海岸から約2kmの島全体が空港です。
そのため、対岸の大村市への騒音公害は皆無に等しいと言われ
環境面でも優れた空港です。
この写真は対岸の大村側から
写したものです。
外観はこんな感じです。
現在、国内線がJAL、ANA、オリエンタルエアブリッジ、
スカイネットアジア航空、ピーチアビエーション、
スカイマークが就航しています。
国際線は、中国東方航空のみで、
大韓航空(2013.8.10から再開予定)は
運休中です。
これは、管制塔で国土航空省が
運用しています。
中に入るとリニューアルされたので
かなり洗練された感じがします。
お土産品売り場も
以前のごちゃごちゃした感じがなくなりました。
中には、こんなものまでありました。
フライトシュミレーションでしょう!
子供さんたちに人気があるかも知れません。
フライトの表示も
以前のとは比べ物にならないくらい
見やすくなりました。
ところで、私は以前確か平成2年には志垣籾義さんを
平成6年には田邉敏憲さんを担いで
平成維新の会(大前研一氏率いた会)の長崎県の副責任者として
高田県知事と選挙戦を応援したことがあります。
その時、長崎空港を
環黄海経済圏の中心に考えて
「ハブ空港」と位置づけたら
長崎県だけでなく九州一円が
東京に頼らず発展するという考えから
「公開討論会」を呼びかけたのですが
高田知事は出てきませんでした。
前にも、述べたように
「長崎空港」は極めて騒音公害の少ない空港ですので
第3滑走路を作ったり、今の3,000mを
4,000mに拡張したりは簡単にできたはずです!
その後、ご承知のとおり
韓国のインチョン(ソウル仁川)空港に
2001年(3.29)にハブ空港を取られてしまいました。
残念でなりません。
成田、羽田、中部、関西などが
世界に開かれた国際空港として有名ですが、
九州人は福岡からインチョン経由が普通でしょう。
私もアジアは勿論のこと
ホノルルや北米に行くときもインチョン経由です。
北海道の人は
どこを経由して行っているのでしょうか?
成田はいらなかったでしょう。
羽田は次々と沖合いに滑走路が
何本も作れたわけですし、
まだこれからでも作ることが可能でしょう!
また、中部と関空も
どちらか1つで良かったのではないでしょうか?
その代わり、
長崎空港と千歳空港を
アジアやロシア・アラスカのゲートウエイとして
ハブ空港化していたら
今のようなアンバランスな事態は
避けられたと思います。
この国の政治や行政は
利権絡みなので「世界第3位の経済大国」も
次第に台頭するアジア諸国、
特にインド(13億人)やインドネシア(2億人)などに
凌駕されるかも知れません。
来る2040年になるとさらに人口が減少し、
超高齢化社会となるので
今のうちに海外から多勢の観光客に
来てもらえるような「航空行政」をして準備しないと
老人ばかりで活気のない国に
なってしまいます!(元気な老人ばかりであれば、問題ないでしょうが…!)
長崎空港をアジアのゲートウェイにすべきです!