みのる塾|諫早市の学習塾「夢をつくる未来をつくる !」

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藪医者と名医の違い(駄目押し編)

2013年4月27日 代表

何日か前に、藪医者と名医者の違いを

自らの体験で明らかにしましたが、

後1つ言い忘れていたことがあります!

それは、長崎日大を辞めた後に

例の「大人の喘息」の後遺症が出た時、

何度か多良見町のX医院で

同じ薬を処方してもらった時のことです。

あろうことか、その先生は

「黒瀬さん、この病気は悪くはなっても

良くなることはありません」と言い放ったのです!

その言葉を聞いた時、

私は「絶対ぐうの音も出ない程度に治してみせる」と

誓ったのでした。

名医であれば、

患者に「希望」を持たせるか、

もしくは少なくとも「勇気」を与える

言葉かけをすべきでしょう!

今も時々諫早の某居酒屋や某焼き鳥屋などで

会うのですが、

そんなことを話したことは

微塵も覚えてないように

ケロっとしていらっしゃいます!

鈍感と言えば鈍感です。

こんな藪医者に私たちの命を預けてはいけません。

家内も同じ病院に行っていましたが、

ちゃんとした病院に代えさせました!

同じように、私が28歳以来経験してきた教育界も同じです。

いや、教育界の方がむしろ酷いかも知れません!

なまじっか、勉強しているだけに始末に終えないことがあります。

言うことは言うのですが、

実行力と継続力が伴いません!

「百年河清を待つ」の例え通りです。

そんな経験があるので

否定的な見解を述べられると

私のやる気はヒートアップします!

俄然やる気を出して

立ち向かうことになるから不思議です!

多分私の小学生時代の「体育コンプレックス」から

中学生時代に克服したという経験が

何でもやればできるという原動力に繋がっているようです!

中学卒業の色紙に

「努力は万事を征服す!」と記していました!

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今年度から「キッズコース」を新設したわけ!

2013年4月26日 代表

みのる塾では、

今年度から「キッズコース」を新設しました。

その本当の理由は、

代表自らの体験とわが家の子育て体験からきているものです。

両方合わせて読んで頂くと分かると思いますが、

幼少の頃からの「本物」を体験したり、

それを高いレベルに誘導してくれる身時かな存在がいたら

小学生高学年になった時に不動になることを

知っているからです。

そういう体験があると、

私やわが子がそうであったように

中学生になると親や先生たちの手を離れて

自分の価値基準の下に「自律」した「自力学習」が

できるようになります。

みのる塾の中学生に、

既にそういうお子様が何人か見受けられるようになりました。

その一例として

活水中で学年トップを維持しているKさんは、

この春休みに、

4年後の大学進学を見据えて

両親、祖父、祖母と大学巡りをされたそうです!

わが家の2人の子供たちは、

長女が小学5年生、長男が小学2年生の時と

次年度の2回にわたり、

後楽園遊園地(今の東京ドーム)や

出来たばかりのディズニーランドへ連れて行くという企画で

大学(東大、東京外語、慶応、早稲田、上智)巡りをしました。

後になって何も覚えてなくてもいいのです。

その子にとっての天井を高くしてあげるための

「深謀遠慮」なのですから!

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多大なご恩を受けた「恩師たち=メンター」!(第1巻)

2013年4月26日 代表

 小学時代から始めたいと思います。

 先ずは、何といっても2年生の担任の金澤直子先生でしょう!

 金澤先生は、当時私と同じ西荻田地区の須藤薫君宅に

下宿されていました。

 そのため、父や母と凄く親しい関係でした。

 小学1年生のときに私は「肺シュンジュン」という病気を患い三ヶ月入院しました。

 そのため、1年生の後半に学校に復帰しましたが、

その後もずっと静養しなくてはなりませんでした。

 そして、母親と一緒に登校しては

4教科だけを学習して帰るという毎日が2年の終わりまで続きました。

 そんなわけで母と金澤先生は良く手紙のやり取りをしていたためか、

家族ぐるみのお付き合いに発展していきました。

 その関係を決定付けたのは、父と母が金澤先生と結婚された

高村開造氏との仲人をしたことです。

 だから、今でも高村姓に変わられ後も

佐世保市花高に住む先生とは

年賀状のやり取りなどがあります。

 次に影響力の強かった先生は、

3年生担任の近藤柱石先生です。

 今も大切に保管していますが

3学期の通知表所見欄を読むと胸が熱くなります。

 その欄だけでは終わらず、

びっしりと小さい文字で

私がどういう方向を目指すべきか、

どんなところを伸ばし、

どういうところを目立たないようにしていけばよいかなどと

アドバイスが溢れんばかりに書いてあるのです。

 この3年生まで

「体育」は見学だけに限定されていましたので

このサゼスチョンは私には「玉音」みたいなものでした。

 そして、実際に4年生になると

父から聞いた平戸中に越境入学していた大島先輩を

訪ねることにつながっていったのです。

 小学低学年のこの時期に

大きな影響を与えたお二人がいらっしゃらなかったら

後の先生方との邂逅もなかったかもしれません。

 次回、中学編を書きます! 

小3通知表 002

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小1~高3までの担任!

2013年4月25日 代表

私は全て覚えていますし、

正しい漢字で書けます。

それくらい私の人生で

先生方が与えて下さった影響は

強かったと思います。

今日は、そういう担任の先生をご紹介します!

先ず、小学1年生から6年生(田平北小学校)は、

1年生 竹邊 初音先生(たけべ はつね)

2年生 金澤 直子先生(かなざわ なおこ)

3年生 近藤 柱石先生(こんどう ちゅうせき)

4年生 江口 努先生(えぐち つとむ)

5年生 柳本 剛司先生(やなぎもと つよし)

6年生 下條 役夫先生(しもじょう やくお)

という先生方です。

次は、田平中学校の担任をご紹介します。

1年生 檜垣 恒一先生(ひがき つねかず)…数学

2年生 平松 幸子先生(ひらまつ さちこ)…社会

3年生 森瀬 春之助先生(もりせ はるのすけ)…技術家庭

 猶興館高校(平戸市岩の上町)の担任の先生は、

一番年代的に近いし、

同窓会活動なども多くあっているでしょうから

覚えている方も多いかも知れませんね!

1年生 山口 正俊先生(やまぐち まさとし)…音楽

2年生 松口 榮先生(まつぐち さかえ)…世界史

3年生 土肥 實先生(どい みのる)…数学

如何でしょうか?

この他にも、私の人生に多大な影響を与えられた先生は

多勢いらっしゃいますので次回は

そういう先生方との交流に触れてみたいと思います!

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「藪医者」と「名医」の違い!(後編)

2013年4月24日 代表

前編で述べましたように

何度とない医療機関との経験が土台となって

その後50歳から先ず「不摂生な生活」から決別するべく、

自宅周辺のトボトボ歩きからスタートしました。

当初は体重が89kgもありましたので、

3、4kmを歩くだけでもフーフー言う有様でした。

しかし、昔41歳までは

走っていた経験があったので

体重が次第に減って筋力が付いてくると

少しずつ距離を伸ばしたり、

スピードを早めたりできるようになりました。

すると、不思議なもので

ウォーキング大会に出てみようかとなりました。

また、一方で20歳から吸っていたタバコも51歳で

止めました!

その後、6、7年は

島原半島ツーデーマーチなど近場の大会などに

参加していましたが、

体力が付いてくるとそれでは満足できなくなった

自分がいました。

57歳の時に「佐世保島原105km」で開催されていた

「イチマルゴウォークラリー」に出場した友人から

話を聞いて多いに刺激を受け、

次の年から参戦することにしました。

そして、58歳の歳に「イチマルゴ」にデビューしました。

その年は、また体重がリバウンドしていて

77kgありましたが、

約700人中73位、17時間17分でゴールしました。

しかし、両足に肉刺はできるし、

両脚の股や臀部は擦り傷だらけでした。

汗流しに南風楼の塩湯に入ったら

ピリピリ、ヒリヒリして大変な目に合いました。

大会が終わると一念発起して

減量に取り組みに次の年までに63kgまで落とし、

24位に躍進しました!

それから、主催者は代わりましたが

過去7回出場していて

自己最高記録が14時間41分で、

自己最高順位が昨年の第8位という記録を残しています。

この背景には、年々衰えていく筋肉を

維持する知恵を授けて下さる

元バルセロナオリンピック50km競歩代表選手の園原さん、

元ソウルオリンピック男子マラソン代表選手の新宅さんたちと

お付き合いさせていただいたり、

故障をした時のケアをしてくれる教え子の存在が

あったりします!

このように、高いレベルのパーフォマンスを

確保したり、維持したりするためには

有能な指導者(メンター)の存在が不可欠です!

塾における学習もまた同じです。

私は、長崎日大を退職した後

ずっと塾長と副塾長にその指導を任せてきましたが、

私が本来望んでいた「行列のできる塾」にならなかったのは

私の怠慢の成せる結果だと気付きました。

そこで、中学生の時に「劣等感」だった体育を克服してオール5を取った体験から

カリスマ黒瀬が「数学」を指導することを通じて

塾生全員の成績を劇的に上げる「みのるメソッド」の開発に

乗り出したという次第です!

1年後を楽しみにしていてください!

私は「藪医者」ではありません!

「名医」です!

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