出発の時期ですね。
この前、送迎場所で、卒塾生に会いました。
宮崎の大学に合格。ニコニコしながら報告
してくれました。
4月1日、宮崎に出発するそうです。
春は出発の季節です。


出発の時期ですね。
この前、送迎場所で、卒塾生に会いました。
宮崎の大学に合格。ニコニコしながら報告
してくれました。
4月1日、宮崎に出発するそうです。
春は出発の季節です。
『億万長者になる7つの鉄則』 大根田勝美著 朝日新書 2013.1.30 第1刷発行
1937年、東京生まれ。中卒後、オリンパスに入社。64年、ニューヨーク駐在員。
69年に退社後、米国で医療機器のセールスレップとなる。その後、町田製作所、
ペンタックスとそれぞれ合弁会社を作り、社長となる。後に起業支援ビジネスを展
開して2006年に一線から引退。
幼少時代に極貧生活を経験し、中卒の組立工からNYの億万長者になった著者
が自らの経験を基に、成功のコツについて語る。
学歴やお金がなかったのは、むしろラッキー、たゆまぬ努力と一歩踏み出す勇気
さえあれば、いくらでも飛躍できると説く。
鉄則1 苦境はチャンスである
鉄則2 人と違うことをする
鉄則3 Good enough is’t good enough…続けることが大事(努力・挑戦)
鉄則4 流行を先取りする
鉄則5 ハンディをポジティブにとらえる
鉄則6 自分の力には限界がある。能力ある人間の力を借りる
鉄則7 「当たり前」のことこそ、大事
この本を読んで最初に思ったことは
鉄則の2~5までは私のやってきたことと
ぴたりと符合するということでした。
しかし、後の3つが欠けていたので
大根田さんのレベルまで現在のところ行けていないのだということが
実感できました。
もう一度原点に返って
残された人生の再点検を始めてみようと
強く思った良書です。
『「不労所得」のつくり方』 吉川英一著 光文社新書 2013.2.20初版1刷発行
1957年生まれ。富山県在住の個人投資家。年収360万円から低位株投資で資
金を集めて、アパート経営を開始。株と不動産で増やした資産は約2億円超。マネー
誌などで指南役として活躍中。
私は大卒後トヨタのセールスマン(5年)を経て、大学に戻って教員免許を取得して
公立中高5年、私立中高25年、計30年の教職歴の後、現在塾の経営を10年余と
いう状況です。これらの選択肢はその時期その時期には時宜を得たものだと考えて
いましたし、そのことによって子どもたちも私たち夫婦以上の自己実現をしてくれたの
で別に後悔はありません。
しかし、反面公立学校に勤めていた家内に退職してもらったり、私が職を転々とした
ことによる「年金」の少なさなどと直面しています。それを補うには「不労所得」が必
要だろうと考えていて、以前からこの手の本で勉強してきました。近い将来そういう
「不労所得」を確保したいと考えての先行投資です!
『越境せよ!』 石田和靖著 講談社 2013.2.20 第1冊発行
-日本で絶望するより、国境のない世界で稼げ-
株式会社ザ・スリービー代表取締役。ワールドインベスターズTV代表兼総合プロデ
ューサー。香港政府観光庁香港経済観光大使。日本証券業協会公益会員。会計事
務所在職中、中東から東南アジアエリアの外国人経営者の法人を多く担当。その後、
2003年に現社ザ・スリビーを設立、代表取締役に就任。アジア・中東などの新興国
中心の海外渡航歴多数。香港やドバイ、サウジアラビアをはじめ政府系ファンドや企
業などに太いパイプを持つ。ワールドインベスターズTV、ワールドインベスターズSNS、
ワールドインベスターズカフェ運営。
日本にいて未来に絶望しているくらいなら、成長の途上にある新興国に行ってみる
と良いと説いている。世界の国境はどんどん消え去り、去年までラクダに乗っていた
人々が、今はベントレーに乗っている。そんなダイナミックな成長を目の当たりするこ
とができる。僕はそんな世界に飛び込んで、すっかり人生が変わってしまった。
この本の場合も、私が家内と一緒に先々やってみたい「ノマドライフ」という選択肢
を考えているので、多分目に付いた1冊だと思います。
私は日頃から朝日と日経をほぼ毎日隅々まで熟読しています。その時1つは、ネ
タ探し、もう1つは読みたい本探しをしています。
その他にも、ネットで書評を読んだり、アマゾンで書籍閲覧をしたりして、常に読み
たい本を探しています。この本の場合は、最後に述べたアマゾンで見つけた1冊で
す。今回は、翌日にはアマゾンから届くのを知りながら長崎の紀伊国屋書店に電話
をして在庫を確かめるとその日の夕方には手に入れたというくらいこの手の情報も
私にとっては有益な情報と言えます。
皆様も興味を持たれた書籍がありましたら、手にとってごらんください!
最初慣れないうちは、
間違いのないところという意味で
レストランに入ります。
しかし、たいていの場合外国人が多く行くようなレストランは
経験上外れが多いように思います。
今回3月7日にホーチミンに着いた日は
教え子の堀山君の居酒屋「肴屋(あてや)」だったので
和食中心でした。
翌日8日は堀山君から紹介されていた
コンダオ島というところへ単身ホーチミンから
プロペラ機に乗って午後2時ごろホテルに到着しました。
コンダオ島はまだ未開発のリゾート地なので
「コンダオリゾートホテル」以外は外国人は泊まらないようです。
しかし、私は費用節約もあり
ネットで見つけた「アンダオホテル」というこじんまりとしたホテルに
泊まりました。
ここは、夕食もなければ朝食も自分のところで
出さないということなので安かったのだと思います。
しかし、そのためバイクは安く借りれたし
近くの屋台街も発見できました。
屋台に出かけたのは
2日目のことです。
初日の夜は、ホテル近くで
外国人が多く集まりそうなレストランへ行きました。
メニューを見て適当に選んで出てきたのがこれです。
ヴェトナムはウィスキーとかワインは結構高いので、
旅行期間中は郷に入れば郷に従えで
一番安いビール(タイガービールかバーバーバー)を
飲んでいました。
そのため、帰国して体重を量ったら4kgぐらいオーバーしていました。
そして、次の日の昼は矢張り
コンダオ島で一番外国人客で賑わう「コンダオリゾートホテル」も
知らないといけないだろうと思い出かけていきました。
流石島一番のリゾートホテルだけあって
施設設備も客層も違うということが実感できました。
私はテラス席(中は予約客や宿泊客だけ)に案内されたのですが、
やはり客層は良い感じがしました。
調度品からして違うでしょう!
ビール以外に頼んだのは英語で「フォー」と言ったのですが、
どういう訳か出てきたのはどう見ても日本の「インスタントラーメン」でした!
今までにもヴェトナムのレストランでも何度となく食事をしていますが、
こういう料理を見たのは初めてでした。
お口直しに、ビールは如何ですか?
でも、ビールだけはちゃんと冷蔵庫で冷やしてあるのか
ヴェトナムでは珍しく「氷」を持ってきませんでした。
そして、この日の夕方は
バイクを乗り回して探していた屋台に
いそいそとというか、満を持して出かけたのは
言うまでもありません。
矢張り私には屋台が一番似合うのでしょう。
ヴェトナム語は全然分からないので
適当に指差してオーダーします。
ビールは世界共通でしょうから飲むのに不自由しません。
適当に頼んでいると普通の人は
病気になるのではと思うのでしょうが
現地の人が美味しそうに食べているのを食べない手はないというのが
私の考えです。
病気になったときはそれまでよー!
まあ、今までそれで病気になったことがないから
よほどの冒険をしない限り大丈夫だというのが私の自信となっています。
コンダオ島では、市場も覗いてみました。
流石に食料品は日常の必需品だけあって
朝ともなると島のあちらこちらから
バイクで買いに来ているような感じでした。
ここまでは大体想定の範囲内ですが、次の写真は如何でしょうか?
魚をさばいているおばさんが魚と同じ調理台に草履を履いたまま上がっているのには
流石の私もちょっと驚きました。
というコンダオでの3日間でした。
3月10日にホーチミンに戻って
夕方のフライト待ちで次は
ダナンへ向かいました。
ダナンはコンダオ島と違って土地勘が少しは働く町なので
ホテルに着いて夕方になると
昼間探しておいた街角の屋台に
予め買って置いたタイガービールを持って
食べに行きました。
おばさん、長女、長男でやっている店です。
屋台と言っても「露天商の屋台」です。
でも、人気があるのか私がいた小一時間の間に
ひっきりなしにお客さんで賑わっていました。
ここでは、隣で食べている人や
後から来た人と同じやつを頂戴といって
オーダーしました。
ここの屋台は今回の中では
一番私の舌に合っていたように思います。
次の日の11日は、朝のトレーニングが終わると
去年中村さんやタンさんと出かけた路地裏のレストランを
先ず探しに出かけました。
午後2時ごろだったと記憶しています。
まだ、店は開いていませんでした。
前にも書いたとおり、
写真のバイクから降りている方が
この店のオーナーで米国人です。
バイクを運転していた方が奥さんで
ヴェトナム人です。
そのオーナーから営業開始時間は
午後3時からと伺いほっとして
一旦ホテルに引き上げました。
それから夕闇が迫ってくる午後6時ごろから
その店にご出勤です。
昼間とガラッと雰囲気が変わります!
そして、店の中で一人だけ英語の達者な女の子に適当に頼んで
持ってきてもらったのが、こんな料理です。
私が入ったのは早かったみたいで
後から地元お客さんがだんだん増えてきました。
もう少し遅れてはいれば
右隣のほうに座っていた現地の人たちが
食べているものと同じものを注文したのですが…!
そのお客様たちは私が腹一杯になってから
来店されたので時既に遅しでした。
同じレストランでも外国人相手のお店より
こういう感じのレストランが私の好みに合っています。
気取らずに美味しいものと
お酒が飲めれば良いと思います。
できれば、そのに気の会う仲間が欲しいところです!
最後にヴェトナムという国は、
ブラジルについで2番目のコーヒー生産国だと
ご存知でしたか?
そのため、ホーチミンだろうと、ダナンだろうと、ハノイだろうと、
あるいは田舎町であろうと、
いたるところに「カフェ」があります。
次の写真はコンダオ島で撮ったものですが、
ここはちょっと立派です。
普通は、町のそこかしこに大から小まで
さまざまな「コーヒーショップ」が
根付いています。
日本よりコーヒー店は多いでしょう!
今回は、食べ物編飲み物編でした!
日本でキャンピングカーが流行り始めたのは
1970年代だそうですが、
2007年に団塊の世代の定年退職が始まると
リタイア後の生活を楽しむ手段として
人気が高まったそうです。
私も正に「団塊の世代の走り」なのですが、
1999年に54歳で早期退職をして
みのる塾を経営してきて今日を迎えていますので
「キャンピングカー」には
至極当然のように興味を持って
雑誌や専門書を買ったりして情報収集してきました。
でも、その後「海外でのロングスティ」の方に
強い興味を持ち始めたので
今は休眠状態です。
しかし、近年の車中泊の人気の高まり、
道の駅や高速道路の整備などで
車内に寝泊りしながら旅を続けるスタイルが
定着してきたとか言います。
それ以外に、仕事をしながら
事務所代わりに使ったりとか、家代わりに使う人も
出てきているようです。
私も海外に出かける体力がなくなったら
似たようなことがしたいと思っています。
旅をしながら、仕事も出来る、
そしてその記録をソーシャルメディアを利用して
ブログとして発信できるというのも
ひそかな楽しみとなるでしょう!
まあ、今もそれに近いことをやっていますので
それを「ノマドライフ」と結びつけて
完成させたら良いと思います!
去る3月18日(月)、公立高校の合格発表が有りました。
みのる塾生の合格率は、89%でした。おめでとうございます!
今年は公立高校の受験生が少なくて、9名受験で8名合格という
立派な成績でした。
西陵高校 N君、T君
熊本北高 I君、I君
長崎工業 N君
諌早農高 M君、Kさん、Wさん
長大医学部(看護科)の推薦合格から始まり、青雲中、長崎東中、諫早附属中、
日大中などの中高一貫校への合格。
青雲・日大・鎮西・瓊浦・創成館・熊本九州学院・熊本東海大附属高などの私立高校合格。
長崎大学・琉球大学などの国立大学合格。
甲南大学、福大・広島国際大・総科大などの私立大学への合格。
東京スクール・オブ・ジャパンの専門学校への合格。
そして、最後に西陵・熊本北・長崎工業・諫早農高等の公立高校への合格まで、
3か月にわたる入試もこれでやっと終わりました。
思った通りの結果が残せた人もいれば、そうでない人もいますが、これが、あなた方の生きていく道となります。結果のいかんを問わず、一人ひとりが自分の道をしっかり歩んでいくことが大切です。長い間みのる塾で頑張ってきたことは、必ず活かせるときがきます。そこで、自分の花を咲かせてください。
たまには元気な顔を見せに来てくださいね。
どうもありがとうございました!