私たち夫婦がそうだったように
わが家の子ども(長女や長男)の「子育て」も
他とは随分違うように感じています!
それをちょっと言葉に出して
ブログなどに表現すると
一般的なメッセージが投げかけられます。
書かなければ良いのでしょうが…!
かって長崎日大に勤めていた頃、
うちの子は「家ではテレビは○○分、
ゲームは勉強が終わってから○○分」とか様々な約束事が
あって毎日が動いています」みたいな話を生徒や保護者にしたら、
お宅のお子様たちは「可哀相」と言われたことがあります。
今回も孫たちが帰省していて花火の光景を
FBに載せたついでに、
「10間は長いなーあ、私の友人の中には
毎日の孫相手は楽しくて仕方がないという人が多いけど
私は無理だなあ。東京という1300km離れたところに
居てくれて助かる」みたいなことをつぶやいたら、
「ひどーい」みたいな発言が寄せられました。
まあ、普通はそう取られても仕方ないと思いますが
私も子どもたちも普通の子育てはしていません。
本当は、どちらが可哀相なのでしょうか?
私たちは、自立するときに
自分で自分の進路や就職を実力で決められない方が
余程可哀相だと思うのですが…!
「遠慮なければ、近憂あり」、
つまり「遠い慮りがないと、
近い将来憂い(心配こと)が生ずる」
「深謀遠慮」の精神を徹底させようというのが
わが家流の教育方針なのです。
今回帰省中孫は
8日間午前中は「みのる塾」で
みっちり3時間学習した後自宅(私の家)に帰ると、
今度は母親(長女)から英語その他を
鍛えられていました。
この夏休みも小学3年生なのに
毎日5、6時間は勉強させられています。
孫は小学3年生なのに既に英検3級に合格しており、
この冬には準2級を目指すそうです。
将来はどこの大学に行きたいか聞くと
「東京大学」と言っています。
これは多分に叔父さん(長男)の影響だろうと思います。
このように普通の感覚とは
違うステージでいろんな可能性を秘めた
成長段階にありますので、
普通一般の考え方で長女や孫を
私たち老夫婦が縛ろうとは考えていません。
だから、一刻も早く親の監督下だけで生活できる
日常に早く戻したあげた方が
本人(孫たち)たちのためになると思ってので
ああいう表現をしたのですが、
私たちの子育てや子どもたちの子育てを
間近で見てない人には奇異に映るかも知れません。
私たち夫婦、そして子どもたち、
そして孫たちも兎に角どんな分野にしろ
一番になること、1%ぐらいの有為の存在になること、
そんな自己実現を目指して、
自立前には「ストィック」なまでに
「自己」に厳しくということを徹底するのが
わが家のモットーなのです!