2013年2月27日 代表
実は、私は高校3年生の2学期に
私の檀那寺である平戸市田平町野田にある是心寺に
入門しました。
きっかけは高校3年生の物理の椋本先生の一言でした。
受験で一番大事なのは
勉強に継ぐ勉強だと信じて疑わない私たちに
先生は抜群の「集中力」と「持続力」を
つける以外にないと言うのです。
そして、その力さえ付ければ
一生何やっても困らないと説かれました!
その考えは
当時の同級生も全員納得出来たのですが
方法論が「坐禅」と聞いてみんなは
納得できなかったようです。
しかし、私は小さい頃から
お寺には家族で出入りしていたので
違和感はありませんでした。
早速、その日の学校帰りにお寺に寄り、
私の師匠の辻宗晢老師に入門をお願いしました。
受験期の一番大事な時期も
毎月3泊4日の坐禅会は必ず出席しました。
坐禅の教えは、
仏陀の悟りの境地に達することにあるわけですが
凡人の私たちはなかなかとらわれないで
生きることは出来ません。
何時も何かにとりつかれ、
執着して生きているのです!
ところで、私以上に修行した人でも
執着する人がいることを
2月22日の小池龍之介さんの文で知りました。
小池さんはお坊さんなのですが
菜食にこだわり過ぎて体調を崩したのたそうです。
小池さんのこだわりは
1 肉と魚は食べない 2 乳製品や卵を食べないというものでした。
糖質は摂らなくても
「糖新生」という機能が人間の体には
備わっているので問題はありませんが、
タンパク質が、代替えできないのを
ご存知なかったのです!
まあ、この方のように
私以上に修行した人でも間違いに陥るのですから
普通の人が煩悩に苛まれるのは
当然と言えば当然なのでしょう!