2015年2月5日 代表
昨日、「17kmのんびりウォーク」で
自宅まで後約1kmというところで
車から降りてこられた女性から
「茅葺き屋根の旧本田家住宅をご存知ないですか?」と
尋ねられました。
知らなかったら、午後3時までに銀行決済をしなくてはならない
重要な要件があったのでスルーしていましたが、
「旧本田家住宅」もしくは「旧本田邸」については
何時も歩いている「長崎街道」でその標識をしょっちゅう見ていましたので
詳しく教えて差し上げました。
古民家については、以前から関心があったのですが
何時も「歩くか」「走るか」の途中で
今日まで足を運んだことはないまま過ぎてきました。
しかし、今回ばかりは尋ねられたことをきっかけにして
行ってみようと思いました。
幸い、つつじヶ丘のOKコスモポリスに行く用事があったので
真津山小の塾生を迎えに行くまでの寸暇を利用して
行ってみることにしました。
正に「百聞は一見に如かず」で、
行ってみて良かったと思いました。
中まで車で行って方向転換することができなかったら困るので
長崎街道の何時も歩いている道路の路肩に車を停めて
行きました。
小橋を渡って直ぐ右側の小径に入って行くと
約300mぐらい行った所に「旧本田家」という標識がありました。

その道をちょっと上ると
目の前に総茅葺き屋根で平屋建ての一軒家が
忽然と現れてきます。

建てられたのは、1764~72年ごろとのことです。
俗に、「田の字型」と呼ぶ我が国農家の基本型でできていて、
居住部分が田の字型に仕切られた4室と作業空間の土間から構成されています。
ところで、こういう作り方は、何も農家に限らず
昭和の20年代頃に建てられた民家も
似たような構造をしていたように思います。
現に私の父は農家出身の末っ子だったせいか、
私が小学生のころは、障子も襖もない小上がりの畳の部屋が1つに、
土間があって、そこに竈(かまど)があるという構造でした。
その後、家内と結婚した際は4部屋に増築していましたが、
台所は土間にあって竈が2つだったと記憶しています。
建物に近付いて最初に目に付くのは、右横にある「穴の開いた空間」です。

これは、昔式のトイレです。
昔、わが家のトイレは玄関先ではありませんでしたが、
家の外に別棟として建てられていました。
所謂、「ポッチャン式トイレ」です!
次に、玄関から中に入って見ます。
すると、右側の土間には、作業場が見えてきます。
農家の場合は、ここで収穫してきた
農産物の仕分けや各種作業をしていたのです。
普通の民家では、食事を作る場所(台所)として機能していました。
このような形態は、多分東南アジアを始めとする
発展途上国では、まだ見かけることのできる形態です。

今度は室内、つまり居住部分を見ていくと
今では考えられないような間仕切りなしの空間が広がっています。

屋根裏は、かなり大きな木材を利用していて
200年以上経ってもびくりともしない理由が分かるように思います。

もう兎に角見ていてワクワクするような感じがするのは
小さい頃のわが家や本家の黒瀬家を見てきた
「記憶」が頭の片隅に残っているからでしょうか?

これは、「囲炉裏」です。
本家の黒瀬家には、玄関から入って2間目の上がったところに
この「囲炉裏」がしつらえてあって
焼き芋を焼いたり、餅を焼いたり、煮炊きをしたりという記憶が
甦ってきます。

ここは、畳の間になっていますので
布団を敷いて今で言う「寝室」になるところです。
あるいは床の間もあるので「客間」の用途も兼ねていたのでしょう。

これは、居間の奥にある薄暗い部屋で「納戸(なんど)」と言います。
生活用品など、来客があった際に見えてはならないものとかを収納する部屋で
黒瀬の本家では「子ども部屋」にしていた時期もあって
懐かしく思い起こされます。

今回、私が一番興味を持ったのは
この大きな茅葺き屋根を支えている内部の構造でした。

これは、竈です。土間にしつらえてあるタイプで
我が家の台所も正にこんな感じで、
うちでは「くど」と呼んでいたように思います。
時間があったらもっと詳細に見学するところでしたが、
真津山小の塾生を迎えに行く時間が迫っていましたので
後ろ髪を引かれる思いで現場を後にしました。
また今度、ゆっくりと行ってみたいと思います!
他には、内部にも、外部にも
様々な説明書き、立て札などが
一杯立てかけられていましたので、
順不同で掲載して終わりにしたいと思います。




この原稿を書いた後に
「旧本田家」の場所が今一分からないという反応がありましたので
詳しく表示したいと思います。
先ず、国道34号線を長崎市松原方面から諫早市へ向かって来ても
諫早から長崎方面へ向かって行っても
国道沿いに次のような「看板」が歩道横に立っています。

また、この看板があるところは
押しボタン式の信号があるのですが
その反対側角には、「雄苑」という花屋さんがあります。

そして、この花屋さんから約100mぐらい入ると
「長崎街道」「九州自然歩道」に入って行き
「故紙センター」という紙類・空き缶類の廃品回収屋が
見えてきます。

この「故紙センター」の直ぐ横に
「旧本田家」を明示した案内板が「長崎街道」の表示と同じ場所に
掲げられています。

そして、この先を見渡すと
ちょっと先にコンクリートの小橋が見えます。

近くには、「フルーツたらみ」の本社もあります。
