2015年2月10日 代表

原監督の出身大学は、略歴に書いてある通り、
名古屋の中京大です。
そして、中国電力の陸上部一期生として入社し、
1993年に全日本実業団駅伝に初出場したとありますが、
何があったのか、27歳で引退して
中国電力の営業マンとして大活躍されたそうです。
日本においては、大学にしても、高校にしても
凡そ「教員」とか「教授」などと言われる「教職従事者」は、
合意を重んじたり、同僚の目を気にしたりする余り、
大変革が出来ない事は、私も長崎日大で何度も経験しました。
長崎日大中の生徒募集をするに当たり、
私が通学区域にある全部の「塾」を対象に
一軒一軒シラミつぶしにお願いに回りましょうと
提案しました。
高校生の生徒募集は、各中学校の進路担当者か、学年主任かを
お訪ねしてお願いすれば済むのですが、
会議をしても対案が出なかったので
私の提案が採用されて、どうにか定員を充足することができました。
でも、いざ実施する段になっても
「良いよね〜、貴方は元トヨタのセールスマンだったから」と
嫌味を言われる始末でした。
当時、県下でそんな生徒募集をしているところは、
どこもなかったのですから、そういう発言も止むを得なかったかも知れません。
原監督も伝説の営業マンだったとはいえ、
優勝に漕ぎつかれるまでの11年間は
「教職という世界」の数多くの抵抗勢力で
その御苦労は、並大抵ではなかったと推察できます!
兎に角、様々な幾多の困難を乗り越えて
優勝されたことに心からお祝い申し上げますと同時に
更なる「高み」に向かってご精進されんことを祈念して
末文といたします!