2015年4月21日 代表
前にも紹介しました『将来の学力は10歳までの読書量で決まる」とい本は
ご一読頂けたでしょうか?

幼稚園や小学校に入って文字を覚えれば、
「読書」を自然に始めると錯覚されている方たちが大勢いらっしゃいますが、
手元であらゆる情報(ゲーム、マンガ、音楽など)が得られる現代は、
自力で読み進むという苦痛を伴う「読書」に向かうことは、まずありません!
しかし、そんな現代でも例外があります。
自力で読むことの楽しさを知った子どもたちです。
与えられるから読むのではなく、「面白いから読む」という
能動的な読書スタイルが身についた子どもたちです。
そんな子どもに育てるには、どうしたら良いでしょうか?
『将来の学力は10歳までの読書量で決まる!』(すばる舎)のP23~25に
そのヒントが書いてありましたので、ご紹介します。
次の資料をご覧ください。
決め手は、「読み聞かせ」なのです。

わが家の長女も長男も、読み聞かせから始まりました。
私の父は小3から「自分で好きな本を好きなだけ買って良い」と言われて育ちましたが、
私は「読み聞かせ」に飽きたころになると、
書店に行くと「ほしい本を探すよう」に言って探させ、
親(国語教師)として読んでほしい本を取捨選択しました。
父のように「買いたいものを買いたいだけ」という愚策は取りませんでした。
それでも、小学生の間に相当量の読書をしたと思います。
中学生や高校生なると、図書館から自分の読みたいジャンルの本を
ピックアップして読むように変化していきました。
かつての私がそうであったように!
ところで、実際は絵に描いた餅のように上手くいくわけではありません。
子どもたちが上手く「読書好き」になってくれるためには
親御さんにも忍耐と努力が必要です。
なぜなら、「読書」のように一定の姿勢で
「活字」を読み進めていく作業には、前述したように「苦痛」が伴います。
それを楽に乗り越えるようになるには、
親も同じような「苦痛」を味わう必要があるのです。
私たち夫婦の場合は、子どもが「読書」している間はテレビを見ない、
一緒に読書する、新聞を読む、書き物をするなどを実行しました。
そんなことを考えていたら、昨日の新聞に次のような記事を発見しました。

偶然ではなく、「必要必然」です。
私が考えていたから、こういうシンクロナイズが起こるのです。
つまり、「学ぶ」という姿勢はどこから出て来るかというと
新聞記事に見られる通り「楽しそうに読んでいる」のを見てまねるところが
出発点になるのです。
だから、「学ぶ」は「まねる」と同義と言われる由縁なのです!
同記事に指摘してあるとおり、何も読書でなくても良いのです。
昔から「子弟同行」「子弟同学」という諺がありますように、
学問・囲碁・将棋・音楽・スポーツなど何にでも応用が効くだろうと思います。
実例は、イチロー選手、錦織選手など
枚挙に暇がないほど実例に溢れております。
やろうと思うか、やろうと思わないかだけが分岐点です!