2015年7月16日 代表
昨日、朝日新聞のリレーおぴにおんに掲載された
「外食の時代が始まった」を読んで、
当時のことが走馬燈のようによみがえってきました。
その記事の冒頭に1970年は「外食産業元年」と言われていたと書かれていますが、
その年の4月に私はトヨタ東京カローラに入社しました。
だから、色んな意味で様々なことを体験していましたので
この記事に書かれていることの大半はよく覚えています。
しかも、私は卒業までの大学4年間の大半を
江口食品が経営する大衆レストランの「キッチンカロリー飯田橋店」で
バイトでしたが、アシスタントマネージャーをしていましたので
尚更実感を持って覚えています。
そして、トヨタ東京カローラの練馬営業所に勤務していた時、
1972年にオープンしたモスバガー1号店(東武東上線成増駅前地下名店街)に
カローラバンを納車する長島信昭先輩の手伝いに行った際、
社長の櫻田慧氏に会うという僥倖を得たこともあります。
私たち昭和22年生まれは、堺屋太一氏が名付けた「団塊の世代」の走りで
こういう「ファーストフード」や「外食」などを他の年代に先駆けて
取り入れていった世代だと言われています。

ファミレスのすかいらーく1号店が70年、ロイヤルホストが71年、
ケンタッキーフライドチキンが70年、マクドナルドとミスタードーナツが71年、
そして前述のモスバーガーが72年とオープンが続きました。
何と言っても1947年生まれの私たちは、
1学年が270万人(因みに今時の小中学生は、100万人ぐらいに縮小)という巨大なマーケットで
その消費動向は無視できず、日本社会に大きなインパクトを与えました!
また、炭酸飲料水のコカコーラやペプシコーラなどを好んで飲んだのも
私たち世代が最初だと言われています。
しかし、そんな団塊の世代も今や還暦どころか、古稀を迎える年頃になってきました。
そして、後期高齢者になる2025年になると
医療や年金など様々な問題が生じると指摘されていて、
「2025年問題」などと取り沙汰されるまでになりました。
これもそれも、生まれた当初の「270万人」という人口規模が
尾を引いているのです!
しかし、この年代は
前述した流行を自分たちが牽引してきたという自負もあって
いまだに流行を引っ張っています。
「ピンピンコロリ」を目指す人がいるかと思うと、
寄る年波には勝てないという黄昏族の人たちがいます。
こちらは、「ネンネンゴロリ」の末期を迎えそうな多数派の人たちです。
今後、どちらに転ぶにしても
一番大きな問題になるだろうと思います。
「ピンピンコロリ」の末期を目指す人たちは、
当時の食べ物から既に決別していますが、
「ネンネンゴロリ派」は当時の域を脱することができずにいます。