みのる塾|諫早市の学習塾「夢をつくる未来をつくる !」

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外国語と私の出会い!

2014年10月15日 代表

私が外国語に接触したのは、小学生の低学年の時で

父親の鶴の一声から始まったNHKの「基礎英語」でした。

そのお陰か中学生になって本格的に英語がスタートしても

先行していた有利さから学内で開催されていた

「スペリングコンテスト」、「スピーチコンテスト」、「ディクテイシヨンコンテスト」などで

直ぐに常勝者となり、郡大会や県大会などに学校代表として出場したりして

自信満々でした。

それから、猶興館高校に入学すると

ネイティブからもっと本格的に英語を勉強したいと考えて

平戸勝尾岳にあったプロテスタントのナザレン教会のバイブルクラスに入会し

サリバン先生から懇切丁寧な指導をしていただきました。

また、学校帰りのフェリーの中では

外国人を見かけると手当たり次第に話しかけては

自分の習った「英語」が通じるかどうかを

確かめる日々が続きました。

大学でももっと「英語」を極めたいと思っていた私は

第一志望校を千葉大学文理学部の英文科、

第二志望校を島根大学文理学部の英文科としていました。

そして、入学試験に臨みましたが「千葉大」が不合格になった時点で

「島根大」の受験を変更して東京の二松学舎大学を受験することになりました。

理由は、二松学舎大学では「中国語」が学べることを

父親が教えてくれたからでした。

多分、父は若いときに中国からマレー半島、ビルマと転戦していき

最後はラバウルで終戦を迎えた経験があったからでしょう!

私も「中国語」については、まだ高校生の時から

深夜放送から流れて来るクリアーな音声が流れていてとても興味があったので、

あっさり父親の勧めに乗って二松学舎大学に入学することになりました。

二松学舎では授業で中国語を学習するだけでなく、

中国語文研というサークルに入ったり、

湯島聖堂にあった斯文会という中国語研究会に所属したりしていたお陰で

1年生の終わり頃には「中国語」は不自由なく喋れるレベルに

達しました。

他にも、第二外国語をフランス語にしていたこともあって

「フランス語」や「スペイン語」を

かじったこともありました。

そして、大学3年生の春休みに

「全国青い実の会」の中国部会のメンバー8人を引率して

当時は中国とは国交が断絶していたので「台湾」に武者修行の旅に出かけました。

その時の体験から「外国語は習うより慣れよ」ということが

実感として分かるようになったのでした。

英語にしても、中国語にしても

相手との意思の疎通に事欠かないものの

ネイティブたちとの複数間の対話や

コミュニケーションの役には立っていません。

この先海外暮らしを志向していくには

ネイティブ並みのヒャリング力と発音を身に付けないとといけません!

これからも私の語学習得の旅は

何歳になっても続くことでしょう!

 

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貴方の体力は、問題ありませんか?

2014年10月14日 代表

昨日は、日経にも朝日にも体育の日に因んで

文科省が2013年に調査した「体力・運動能力調査」が

公表されました。

それによると、子どもたちの運動能力は

1985年でピークに達し、その後は2極化していき

低下傾向にあると伝えていました。

それに対して、高齢者の体力は過去最高水準に達したようです。

そう言われると私事ですが、

40歳代の不健康で不摂生な生活を払拭してからの50歳代からは

30歳代ぐらいの体力が維持できていますので、

一晩寝れば疲れが完全に取れるようになりました。

また、私と同じ年代の父親と比較してみると

私の方が倍以上ぐらいは「体力」があるように思います。

だって、私の父は当時フルマラソンはおろか、

100km超の距離を時速7kmものスピードで

歩くことすら出来ませんでした!

しかし、周囲を見渡すと私たち高齢者も2極分化が進んでいて

健康意識の高い人と低い人とでは雲泥の差が生じています!

私は、「ねんねんゴロリ」の後半生は絶対に送りたくありません。

「ピンピンコロリ」の末期を迎えたいと思います!

そのためには、毎日の「トレーニング」が欠かせません!

「為せば成る。成らぬは己(おの)が為さぬなりけり」という言葉を

噛みしめたいモノです!

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「ちょい寝」の習慣、良いかも〜!

2014年10月13日 代表

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昨日朝日新聞を読んでいたら、

上のような記事を発見しました!

私は、普段から遅くとも午前零時には就寝して

太陽が上がる頃の大体午前5時から午前7時までに

起きるという生活パターンです。

睡眠時間の長短にはこだわりはありませんが、

なるべく「サーカンディアンリズム(概日リズム)」に

合わせることにこだわっていて、

レム睡眠(90分間隔)を一つの目安にして起きるように心がけています。

昼食は、ロータリークラブの例会の時以外は食べませんが、

午後4時前後に眠くなることがあります。

そんな時は、Officeで「チョコッと休む」ようにしています。

ほんの14、5分ですが、

その後は、バリバリ仕事がはかどりますので、

この記事はとても参考になりました。

生徒たちが「眠くなる」のは、

「糖分」の過剰摂取が本当の原因だと思うのですが、

成長期には仕方のないことでしょう!

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「臥牛窯」と私!

2014年10月12日 代表

私と「臥牛窯」の関係は、 母の妹の和子叔母が横石陞治(第13代臥牛)に嫁いだ時に始まりました。 私がまだ小学生だった頃のことです。 和子叔母は嫁ぐ前は、 田平のわが家に同居していて 確か江迎警察署に通っていたと思います。 そして、私の記憶にはっきりと刻まれるようになったのは、 高校生になって父の名代として 臥牛や牛石の岩永(母の弟の家)に盆暮れの挨拶を 務めるようになってからでした。 当時、バイク通学をしていましたが 父が私に買ってくれたバイク(HONDAのCB55というスポーツバイク)に乗って 佐世保市木原の臥牛窯まで約50kmもの距離を ノコノコ出かけていました。 お目当ては、当時臥牛にあったYAMAHAの250CCの大型バイクに乗ること、 窯場で「轆轤(ろくろ)」を回して陶芸の真似をすること、 弟の嘉佶さん(第二次第13代臥牛)の部屋で美術書を眺めさせてもらうことでした。 そんなたわいない遊びの一環としてやっていたこと(後者2つ)が 後々、生け花の免許取得(勅使河原和風流)に繋がるとは 当時は、全く考えてもいませんでした。 ところで、臥牛窯の作品群を意識し始めたのは 長崎日大の教員になって身分が安定した頃からでした。 それまでは、叔母に頼んでこっそりと 高価な作品を頂いて帰るという姑息なことを繰り返していました。 第13代は、最初陞治叔父さんが県の無形文化財になったころに 12代の父親から襲名したように思います。 そして、何年か前に弟の嘉佶さんに第13代を譲り、 自らは横石松翁と名乗りました。 臥牛の「現川焼」の再興は、12代の父親から受け継いだものでしたが、 兄の陞治(第一次13代臥牛)が轆轤で成形し、 弟の嘉佶(第二次13代臥牛)刷毛目技法で鷺、梅、月など様々な文様を 生み出しては世に送り出すという分業体制で発展していきました。 そして、その2人の臥牛の下で 長年修業を続けていた陞治叔父さんの長男の午郎が平成26年11月8日に 第14代を襲名することになりました。 私にとっては従兄弟なのですが、 小さい頃から兄弟のように付き合ってきましたので 、彼は今でも「孝志郎兄ちゃん」と呼んでくれていました。 しかし、流石に第14代臥牛を襲名すると そういう関係は相応しくないので 「孝志郎さん」と「臥牛先生」の関係でありたいと思います。 そして、父親の陞治さんや叔父さんの嘉佶さんには出来なかった 新たな時代に相応しい新たな作陶分野で 活躍してほしいと念願する次第です! 11月8日の襲名披露宴には喜んで出席したいと思います。

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Facebbookはすごい!

2014年10月11日 塾長

以前、Facebookuに登録してしばらくは続けていたのですが、スマホの機種を換えてから
操作がわからなくなりそのままにしていたのですが、国際ソロプチミストでもFacebookを
するクラブが増えてきたので、私もまた始めることにしました。

そしたら、あっという間に友達が増えて嬉しい悲鳴です。
主に、ソロプチミスト関係者や塾生の保護者様や、元塾生に現塾生と、
友達の友達という風に増えてきました。
年に一度の「年賀状」が廃れていくのもわかるような気がします。
懐かしい人の写真や動画もあって、わくわくしながら読んだり、書いたり。

いいことばかりではないので、ソロプチミストでは今、開設に向けて
「フェイスブックガイドライン」の作成中です。

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