私が外国語に接触したのは、小学生の低学年の時で
父親の鶴の一声から始まったNHKの「基礎英語」でした。
そのお陰か中学生になって本格的に英語がスタートしても
先行していた有利さから学内で開催されていた
「スペリングコンテスト」、「スピーチコンテスト」、「ディクテイシヨンコンテスト」などで
直ぐに常勝者となり、郡大会や県大会などに学校代表として出場したりして
自信満々でした。
それから、猶興館高校に入学すると
ネイティブからもっと本格的に英語を勉強したいと考えて
平戸勝尾岳にあったプロテスタントのナザレン教会のバイブルクラスに入会し
サリバン先生から懇切丁寧な指導をしていただきました。
また、学校帰りのフェリーの中では
外国人を見かけると手当たり次第に話しかけては
自分の習った「英語」が通じるかどうかを
確かめる日々が続きました。
大学でももっと「英語」を極めたいと思っていた私は
第一志望校を千葉大学文理学部の英文科、
第二志望校を島根大学文理学部の英文科としていました。
そして、入学試験に臨みましたが「千葉大」が不合格になった時点で
「島根大」の受験を変更して東京の二松学舎大学を受験することになりました。
理由は、二松学舎大学では「中国語」が学べることを
父親が教えてくれたからでした。
多分、父は若いときに中国からマレー半島、ビルマと転戦していき
最後はラバウルで終戦を迎えた経験があったからでしょう!
私も「中国語」については、まだ高校生の時から
深夜放送から流れて来るクリアーな音声が流れていてとても興味があったので、
あっさり父親の勧めに乗って二松学舎大学に入学することになりました。
二松学舎では授業で中国語を学習するだけでなく、
中国語文研というサークルに入ったり、
湯島聖堂にあった斯文会という中国語研究会に所属したりしていたお陰で
1年生の終わり頃には「中国語」は不自由なく喋れるレベルに
達しました。
他にも、第二外国語をフランス語にしていたこともあって
「フランス語」や「スペイン語」を
かじったこともありました。
そして、大学3年生の春休みに
「全国青い実の会」の中国部会のメンバー8人を引率して
当時は中国とは国交が断絶していたので「台湾」に武者修行の旅に出かけました。
その時の体験から「外国語は習うより慣れよ」ということが
実感として分かるようになったのでした。
英語にしても、中国語にしても
相手との意思の疎通に事欠かないものの
ネイティブたちとの複数間の対話や
コミュニケーションの役には立っていません。
この先海外暮らしを志向していくには
ネイティブ並みのヒャリング力と発音を身に付けないとといけません!
これからも私の語学習得の旅は
何歳になっても続くことでしょう!





