日本は、これまで中近東を中心とする「石油」、

日本は、これまで中近東を中心とする「石油」、
今日は塾長(家内)が久しぶりに上京するということで
長崎空港まで送っていきました。
私は、明日佐賀市で
国際ロータリークラブ第2740地区の地区大会があるのと
明後日7日は「長崎日大」の入学式で
出席することになっていたので
行きたくても行けませんでした。
長女と長男のところに
それぞれ第2子の孫たちが生まれたのを
祝うために行きました。
そんなわけで今日は長崎空港について
触れてみようと思います。
ご承知の通り「長崎空港」は、
箕島という島を拡張して作られた
世界で初めての海上空港として1975年に
誕生し営業を開始しました。
それ以前は対岸にある
海上自衛隊大村航空基地(海上自衛隊大村航空隊と第22航空群使用)が
大村空港と言っていました。
滑走路は、長さ1,200m×30m幅と長さ3,000m×60幅と
2本あります。
箕島は海岸から約2kmの島全体が空港です。
そのため、対岸の大村市への騒音公害は皆無に等しいと言われ
環境面でも優れた空港です。
この写真は対岸の大村側から
写したものです。
外観はこんな感じです。
現在、国内線がJAL、ANA、オリエンタルエアブリッジ、
スカイネットアジア航空、ピーチアビエーション、
スカイマークが就航しています。
国際線は、中国東方航空のみで、
大韓航空(2013.8.10から再開予定)は
運休中です。
これは、管制塔で国土航空省が
運用しています。
中に入るとリニューアルされたので
かなり洗練された感じがします。
お土産品売り場も
以前のごちゃごちゃした感じがなくなりました。
中には、こんなものまでありました。
フライトシュミレーションでしょう!
子供さんたちに人気があるかも知れません。
フライトの表示も
以前のとは比べ物にならないくらい
見やすくなりました。
ところで、私は以前確か平成2年には志垣籾義さんを
平成6年には田邉敏憲さんを担いで
平成維新の会(大前研一氏率いた会)の長崎県の副責任者として
高田県知事と選挙戦を応援したことがあります。
その時、長崎空港を
環黄海経済圏の中心に考えて
「ハブ空港」と位置づけたら
長崎県だけでなく九州一円が
東京に頼らず発展するという考えから
「公開討論会」を呼びかけたのですが
高田知事は出てきませんでした。
前にも、述べたように
「長崎空港」は極めて騒音公害の少ない空港ですので
第3滑走路を作ったり、今の3,000mを
4,000mに拡張したりは簡単にできたはずです!
その後、ご承知のとおり
韓国のインチョン(ソウル仁川)空港に
2001年(3.29)にハブ空港を取られてしまいました。
残念でなりません。
成田、羽田、中部、関西などが
世界に開かれた国際空港として有名ですが、
九州人は福岡からインチョン経由が普通でしょう。
私もアジアは勿論のこと
ホノルルや北米に行くときもインチョン経由です。
北海道の人は
どこを経由して行っているのでしょうか?
成田はいらなかったでしょう。
羽田は次々と沖合いに滑走路が
何本も作れたわけですし、
まだこれからでも作ることが可能でしょう!
また、中部と関空も
どちらか1つで良かったのではないでしょうか?
その代わり、
長崎空港と千歳空港を
アジアやロシア・アラスカのゲートウエイとして
ハブ空港化していたら
今のようなアンバランスな事態は
避けられたと思います。
この国の政治や行政は
利権絡みなので「世界第3位の経済大国」も
次第に台頭するアジア諸国、
特にインド(13億人)やインドネシア(2億人)などに
凌駕されるかも知れません。
来る2040年になるとさらに人口が減少し、
超高齢化社会となるので
今のうちに海外から多勢の観光客に
来てもらえるような「航空行政」をして準備しないと
老人ばかりで活気のない国に
なってしまいます!(元気な老人ばかりであれば、問題ないでしょうが…!)
長崎空港をアジアのゲートウェイにすべきです!
歩いて帰る途中
多良見町中里の「みのる農園」に
寄ってみました。
この前、塾長が夏野菜を植えたといっていたからです。
みのる農園は、私と塾長で
管理運営しています。
私が草刈や耕運などの力仕事を担当し、
塾長は種をまいたり、苗を買ってきて植えたりということで
塾同様分担してやっています。
夏野菜は
私が3月7日からヴェトナム旅行だったので
その前の6日に耕して消石灰を撒き、
さらにもう一度耕す作業をして準備をしました。
今日行って見たら周囲は草だらけの状態でした!
ここは、まだ植えている場所なので
草が目立ちませんが、
次の写真を見ると「草むら」の中に
離れ小島の「はたけ」という様相です!
川端からさらに畑全体を見渡すと
さらに草ぼうぼうがはっきりと
分かります。
今週末か、来週初めには
草刈が必要でしょう!
私たちのように塾の合間にやっていると
どうしてもこんな状態に陥ります。
今の自宅に住むようになった頃
一番最初にいたペットは
「ラッキー」と命名したセットランドシープドドッグでした。
しかし、この犬は
2009年3月14日に
老衰(確か15歳)であの世に逝きました。
この犬と小さい頃から仲良しだったのは
メス猫です。
私が9年前に拾ってきた
「みーちゃん」で、
今うちにいる中では
最も「ペット歴」の長いメス猫!
この子を拾ったのは、自動車保険の相談で
ある方と家内も一緒に居酒屋で飲んだ後、
二次会に行ったスナックでした。
ケイタイが鳴ったのを取れなかったので、
外に出て電話しているとき
膝にちょこんと乗っかってきたのが
この子だったのです。
拾ったときは
痩せこけた子猫(約1ヶ月ぐらいか?)でしたが
わが家に来てから
ペット用フードで順調に成長しました。
当時は爺さんに近かった犬の「ラッキー」と仲良くなり
犬から教えてもらったいくつかの習性は
今でも残っています。
次に、わが家の一員になったのは
子猫の「モンちゃん(モンキチが正式名称)」です!
モンちゃんは、去年8月台風が
長崎・諫早地方に襲来していたときに
外でずぶぬれになっている鳴いているのを
見かねた私が餌をやったことで懐いてきました。
「ミーちゃん」と比べて
愛くるしい顔つきだったのと
性格が良さそうだという2つの理由と
猫はさほど好きでない家内が気に入ってくれたという
3つの理由から
またまた「モンちゃん」も
わが家の一員になったというわけです。
この写真はまだわが家に来て3ヶ月ぐらいの頃でしょうか?
今では考えられないくらい
丸々と太っていますが
この頃は未だスリムです!
私は犬より「猫」のほうが好きです。
猫は自分が不都合なときは付きまとわないし、
用があるときにはちゃんと意思表示をしてくれるという
「着かず離れつ」のほど良い距離感が
私に合っているからだと思います。
兎に角、この子は性格が穏やかで
私たちへの要求もさほど強くはありません。
後で登場する「スカイ君」にも
3匹の中で図体も一番でかい雄猫なのに
スカイ君にしたいようにされています!
「ネコパンチ」でもやればいいのにと
こちらがじれったくなるくらいに従順です。
とても大人しくって、可愛らしい「にゃんこ」です!
この子は、今9ヶ月ぐらいでしょうか?
次に登場するのは、
わが家のペットの中では
一番新しい住人でやんちゃ盛りのスカイ君(トイプードル)です。
去年の11月生まれなので
まだ4ヶ月ぐらいの赤ちゃんです!
この子は、東京に住む長女の旦那の実家で
生まれた2匹のうちの1匹を
家内が頼んで分けてもらった子です。
だから「東京スカイツリー」に因んで
「スカイ君」という名にしたそうです!
赤ちゃんのときは
まだカットが出来ないということで
最初うちに来たときは
まるでパンダのようでした。
そして、この3匹はそれぞれ個性が違うので
毎日私たち夫婦に癒しを与えてくれています!
しかし、最も困るのは
何といってもまだ聞き分けの出来ない
赤ん坊でやんちゃ盛りの「スカイ君」です。
様々なものに興味があり、
かじられたり、落とされたりして被害甚大です。
時計、メガネ、耳かき、菜ばし、スリッパ、靴などは言うに及ばず、
ありとあらゆるものが彼の興味の対象となります。
アイフォーンなどの充電用コードなども
彼の餌食になりました。
そう言えば、前の「ラッキー」は赤ちゃんのとき
タンスの抽斗など突起物に興味があったことを覚えています。
でも、この前2回目のカットに行って帰ってきたら
全然違う犬みたいに変身していました。
三者、三様で毎日見ていて飽きることがありません。
「スカイ君」は、家内べったりですが、
どうやら使い分けをしているようです。
散歩とか餌は家内中心で、
遊んでくれるのは私が一番面白いと
思われているようです。
子育て(長女・長男はどちらも東京在住で2人ずつの子持ち)が
終わった私たち夫婦の最近のライフスタイルは
ぺっト中心の生活だというお話でした!

春の特別講座「春ゼミ」もあと1日となりました。
みんな一生懸命がんばってました。