みのる塾|諫早市の学習塾「夢をつくる未来をつくる !」

みのる塾
TEL:0120-43-5076
長崎県諌早市多良見町中里129-9

みのる塾

人も企業も「西へ西へ」!

2014年2月23日 代表

ASEAN諸国が来年域内統合をすることが

決まっていますので、大企業はもとより中小企業も

西へ西へと展開しています。

2月19日の日経で

「筑豊ラーメン山小屋」の屋号で

九州ではお馴染みの店ですが

海外店舗を4年間で3倍にすると報じられました。

中心は東南アジアで

最初はミャンマーやベトナムから

手がけるようです。

また、2月21日の日経には

日系企業がベトナムの国立大学と提携して

日本語の教育機関を設置すると

発表されました。

前にも書きました

これらは全て「アセアン諸国」の域内統合で

関税が取り払われ、域内で往来が加速することを

にらんだ先行投資なのです。

しかも、インフラとして「東西回廊」と「南北回廊」が

完全に開通するようになれば、

その更に西にある大国インドが視野に入り

益々この地域は「中国」以上のインパクトを持つようになるでしょう!

ただ、国情が違いますし、

イスラムの影響がある国も存在していますが

大半の国が「仏教国」であり、

英語が通じ、しかも「親日的」な国が多いので

これからの発展が楽しみです!

中でも、私が最も期待しているのは

ベトナム社会主義共和国です。

2014.02.22 日経新聞

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保護者説明会開催…3月16日(日)

2014年2月22日 塾長

みのる塾はお陰さまで、今年17年目を迎えます。
これもひとえに、保護者の皆様方や地域の方々、そしてビルのオーナーの森様のお陰だと感謝しております。

さて、公立高校の入試も終わり、新しい年度を迎えるにあたり、
平成26年度のみのる塾保護者説明会を、3月16日(日)に開催したいと思います。

塾生の保護者様だけでなく、みのる塾に興味をお持ちのお友達も大歓迎です。
せっかくの日曜日ですが、どうかお誘い合わせの上お出かけください。
来週中に正式な文書(申込書)と、「平成26年度 みのる塾のご案内」をお子様にお預けいたします。

ささやかですがお弁当を準備したいと思いますので、参加ご希望の方は申込書をご提出くださいますようお願いいたします。

「保護者説明会日程」 3月16日(日)11:00~13:00  定員20名(先着順)
1、今年度の入試及び進路について
2、「みのる塾のご案内」についてのご説明
3、昼食
4、質疑・応答

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「ながプロ(長崎元気プロジェクト)」に久々に出席!

2014年2月22日 代表

先日、「ながプロ」に

久々振りに出席しました。

「ながプロ」というのは、

長崎県全体を「株式会社長崎県」と考えて

横軸にそれぞれの企業や個人が一堂に会して

縦軸に「経理」「財務」「企画」「コンサルト」など様々な智恵を結集して

一社一社や個人個人ではなかなか日の目を浴びないアイディアを

みんなで様々な意見を交わし合ったり、

プレゼンや自己ピーアールを通じて「新たな智恵」を

生みだそうというものです。

そこから「長崎元気プロゼクト」、

略して「ながプロ」という名称になりました。

主催者は「アイ・シー・ラボ」で、

息子の親友である川口福太郎社長の発案から

始まったと聞いています。

私は、一昨年から参加させてもらいましたが、

曜日が変わったり、当方の事情が悪かったりして

このところ参加できませんでした。

久々振りに出席できて良かったと思います。

若い人たちの斬新なアィディアを聞いて

刺激を受けるのが凄く私の好奇心を満足させてくれます。

最近は東京長崎間をスカイプで

二元中継をしながら同時進行のスタイルで

とても気に入っています。

2014.02.21 ながプロ研修会 004

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前に参加したときは、

スカイプの調子が今一で

不慣れな印象でしたが、

随分スムーズに流れるようになってきた印象でした。

最後は、東京会場と長崎会場に分かれてのプレゼンもあり、

様々な運営方法を試みていることに感心しました。

2014.02.21 ながプロ研修会 009

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長崎会場では、

川口印刷の牧島部長から

「なが得カレンダー」という

日めくりスタイルのクーポンカレンダー

に関する代理説明があったり、

山本りかさんのユニークな「パッケージ」の話も

伺えました。

因みに、「なが得カレンダー」は、

あおぞら映像の田本さんと思案橋観光の山口さんのアィディアから

生まれたそうです。

まあ、こんいう具合に進んで行ったのですが

午後7時から始まって

予定は8時30分終了のところが

午後9時までかかってしまいました。

如何に皆さん熱心に参加されているかが

お分かり頂けると思います。

この第一部の参加者は、合計16名でした。

この後は、私が待ちに待った「懇親会」でした。

参加者は8名でしたが、

少人数だからこそ様々なコミュニケーションが

個人別にリアルな話ができたと思います。

ついついはしゃぎすぎて、ハイボールを飲み過ぎました。

最後は、自宅まで近所の松坂さんに送って頂きました。

有り難うございます。

2014.02.21 ながプロ懇親会 007

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、集合写真をご披露して

終わりにしたいと思います。

2014.02.21 ながプロ懇親会2 001

 

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「メタボ」は万病の元(第2回)…リバウンドの繰り返し!

2014年2月21日 代表

昨日も書きましたように、

ピーク時は89kgもありました。

多分、次の写真が

ピーク時だろうと思います。

2014.02.20 「メタボ」は、万病の元! 001

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1993年とありますので、

今から21年ぐらい前ですから

45歳の時に撮られた写真でしょう!

50歳からとぼとぼ歩き始めて、

各地のウォーキング大会に出場してはいましたが、

元来食べたり飲んだりが好きな私は

長崎日大を辞める直前に

『断食療法50年で見えてきたもの』という

甲田光雄医師の本を読んで、

朝昼は水分補給だけで夜に腹一杯食べるダイエットで

63kgまでに減量することができました。

そして、長崎日大を退職したのが2002年3月(平成14年)で

諫早多良見ロータリークラブに入会させて頂いたのが2004年でしたが、

それからも新入会員ということで

会員の主立った方たちと諫早や長崎で

良く飲んで回るようになりました。

2008年の写真を見ると

顔周りに贅肉がだぼ付いている様子が分かります。

2014.02.20 「メタボ」は、万病の元! 003

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

危機感を抱いていても

何時も「元の木阿弥」の繰り返しできました。

しかし、一方で2006年(平成18年)に

58歳から「佐世保島原105km」で開催されていた

当時は「イチマルゴウォークラリー」、

現在は「ウルトラウォークラリー」に参加するようになりました。

最初の大会は第73位、17時間17分で完歩したものの、

当時は体重がぶり返していて77kgありました。

当然、ゴールした後が大変でした。

何せ、足裏には肉刺はできるし、股ズレはするし、

股間や尻は擦り剥けていて

ホテル南風楼の島原温泉に這うようにして入った記憶があります。

それから翌年に向けて一念発起した私は

再度ダイエットに励みました。

翌年は、体重を14kg落として

ついに22位、15時間28分まで上りつめることができました。

その時の諫早で開催された時の写真が

次に載せたものです。

2014.02.20 「メタボ」は、万病の元! 002

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首回りが、ほっそりしていることが

ご覧頂けると思います。

しかし、この時はまだ本物ではありません!

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「メタボ」は万病の元!(第1回)…身長169cmの私がピーク時89kg!

2014年2月20日 代表

長崎日大に勤め始めたのは

公立の鹿町中学校で産休補助教員を終え、

長崎西校と長崎北高式見分校を掛け持ちしていた

期限付き教諭の口がなくなってからでした。

当時長崎日大高校の校長先生は

私が猶興館高校(平戸市)にいた

3年間の校長先生でもあって

運命的な出会いにご縁を感じた私は

29歳から長崎日大高校に

勤め始めました。

高校時代のことを知っていた

(バスケ部、新聞部、生徒会に所属)

玉城校長先生が最初に勧められたのは、

職員チームの「走ろう会」に入ることでした。

最初の2年間は「期限付き採用の常勤講師」で

暇を持て余していましたので、

迷うことなく「走ろう会」に入って

先輩教師たちと毎日トレーニングをしているうちに

直ぐ仲良くなり体型もスリムでした。

この時から41歳までは、

何時も走っていましたし、

諫早北高駅伝にも11年連続で出場していて

写真でご覧の通りスリムな体型を維持していました。

2014.02.19 長崎日大教員2 (1)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この頃11年間(41歳まで)は

体重は、増えても63kgぐらいだったと記憶しています。

長崎日大の明倫館の寮監をしている時までは

この体型を保っていましたが、

寮を止めて学校に戻ると同時に長崎市石神に引っ越した時から

歯車が逆回転し始めました。

あれほど運動を日課にしていた私が

担任をやると「学級保護者会」を組織して交流会を開いたり

長女が通っていた幼稚園の保護者会長を務めていたので親睦会を

開くなどしょっちゅうでした。

また、長崎に高校時代の親友2人YI君とSF君がいて

良く家族ぐるみで集まったり、会食をしたりしていました。

また、毎週末は宴会が入る、

入らなければ知人の経営するスナックに遊びに行くなどという

不摂生な生活を続けていた時代です。

ご覧の通りの「メタボ体型」になるのに

時間はかかりませんでした。

2014.02.19 長崎日大教員1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピーク時は体重が89kg、ウエストも1mを軽く超えていたと思います。

典型的なメタボでした!

しかし、2002年の写真撮影時は

まだ少し軽くなっていた時代ではないかと思います。

それより前49歳の時に

長崎日大の校門からの上り坂で

呼吸が苦しくなって「成人病センター」に通った時に

一時的に危機感が募りました。

しかし、軽くなると「元の木阿弥」

リバウンドで次の50歳でも

また成人病センターの世話になったのでした。

流石にこの時は覚悟を決めて

元から治そうと決断して

自宅の周囲をとぼとぼと歩くところからスタートしました。

体重が次第に落ちて、筋力が戻ると

欲が出てきます。

最初は、距離が伸びていきました。

次に、徐々に速く歩きたいという欲望が湧いてきました。

そして、各種ウォーキング大会に

出場するように変化していきました。

 

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