去る11月8日(土)は、
佐世保市木原にある臥牛窯へロータリー交換留学生のサクラを連れて
第13代臥牛から第14代臥牛へと連綿と続いてきた臥牛の伝統を引き継ぐ
「襲名披露式」に出席してきました。
式典は、株式会社臥牛窯の代表取締役を務めることになった
横石次郎の挨拶から始まりました。
従兄弟同士で小さいときから付き合ってきましたので
次郎ちゃんと呼び習わしていましたが、
堂々とした風格で当時の呼び方は通用しないと思いました。
続いて、当日一番のクライマックスは、
何と言っても「襲名」にあるわけでして第13代から第14代に
代々伝わる家宝の手渡しでその役割交代を告げられていました。
そして、引き続き第14代を襲名された横石午郎氏が
皆様へのご挨拶となりました。
彼は次郎氏よりさらに歳が近い(7歳違い)ので
「午郎ちゃん」、「孝志郎兄ちゃん」の間柄で通してきました。
しかし、この日を境に「臥牛先生」と呼ばないといけないと思いましたが、
彼は、相変わらず「孝志郎兄ちゃん」と呼んでくれています。
どうしたら良いでしょうか?
第14代のご挨拶の後は、第13代が
父親の第12代から「現川焼」再興の夢を託されて来た由来や
これまで兄弟で「臥牛窯」を支えてきた50年の歴史を振り返って
思い出すことなどを披露されました。
第13代は、先の第12代から始まった「現川焼」の刷毛目の技法を受け継いで
兄横石陞治(松翁)が轆轤成形を担当し、
弟横石嘉佶が刷毛目でデザインを担当するという
2人体制で伝統を受け継いできました。
しかし、新しい時代には新しい発想と新たなチャレンジが必要と考えられたので
横石午郎へ襲名することになったわけです。
私と臥牛との関わりは
母の妹である和子叔母さんが横石陞治に嫁いだことから始まりました。
まだ、私が小学低学年の頃だったと思います。
そして、中高生になって臥牛を訪れた折りには
遊びの一環として陞治叔父さんに轆轤を回させてもらったり、
嘉佶叔父さんには絵筆を使うまねごとや美術書などを見せてもらったりしていました。
そういう経験が長崎日大で勅使河原和風先生に師事して
「勅使河原和風流」の生け花免許取得に繋がったのだろうと思います。
次郎社長とは話す時間が取れませんでしたが、
14代の午郎氏は奥様と一緒にご挨拶に見えられたので
その時一言二言「将来構想」について言葉を交わすことができましした。
イギリスやアメリカへの展開も考えているとのことでしたので
今後が楽しみです。
私たち夫婦も何か協力できることが出てくるかも知れません!
当日は、式典でしたので
展示即売はしていませんでしたが、
招待されていた方たちは主に14代の作品群に
目を光らせられていたように思います。


















