みのる塾|諫早市の学習塾「夢をつくる未来をつくる !」

みのる塾
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長崎県諌早市多良見町中里129-9

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ウェアラブル機器に関心がありますか?

2014年11月25日 代表

「ウェアラブル機器」という耳慣れないことばは、

文字通り「ウェア」のように身に付けることができる機器という意味です。

つまり、身につけて使うデジタル機器のことです。

私は、「より適切な知らせを送受信する」機能や近くの機器とやりとりをする機能に

興味があるわけではありません。(使うかも知れませんが…!)

私が使いたい機能は「より詳しく自分を知る」という機能です。

主に、スポーツトレーニングとヘルスケアの分野です。

生活の記録のことを「ライフログ」と言いますが、

これは毎日「ブログ」に掲載していますので

使わなくても良いかと思います。

中でも、私が今注目しているのは「アップルウォッチ」です。

これまでにも、GPSを内蔵したガーミン・スント・エプソンを始めとする

「ウェアラブルウォッチ」を利用してきました。

しかし、私が利用するシーンは

ウルトラウォークラリーなど100kmを超える長時間のレースだったりしますので、

ラップが不正確だったり、バッテリーの持久力が短かったりすると

実践の役に立ちません!

バッテリーの持ちは今一ですが、

今のところ一番誤差が少なく機能しているのは

「iPhone」のランタスティックプロというアプリです。
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「アップルウォッチ」「iPhone」「アイパッド」「Mac Book Air」を

連携して使えるようにしたいと思います。

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「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言いますが、私は自分の「経験」しか信用しません!

2014年11月24日 代表

私は、30歳代初頭から

「健康オタク」とも思えるような取り組みを始めました。

その最初のきっかけは今から約40年前の父の病気発症でした。

私たちが結婚した直後の時期

父は、まだ田平町役場の助役をしていましたが、

64歳の時に「尿道結石」ができ、血尿が出たことから

福岡市舞鶴にある公務員共済の「浜の町病院」に入院しました。

その時は、対処療法で治癒したのか、程なくして仕事に復帰しました。

それから1年後に役場を退職すると

今度は田平町社会福祉協議会の理事長に就任し、

5年ぐらい務めたでしょうか?

その後は平戸口駅の近くの小さな事務所を借りて行政書士の仕事を始めました。

私がトヨタを辞め、大学に戻って教員免許を取得し、

公立学校の期限付き教諭をしていた頃に再発しました。

71歳の時に今度は「膀胱腫瘍」ということで

「浜の町病院」に再入院しました。

その時、私は「この際、泌尿器科だけでなく

内科など総合検査を受けてみるように!」進言しました。

しかし、父は前回お世話になった泌尿器科の先生を信頼し慕っていて

「今度もこの先生にお世話になる」と言い張ったのでした。

何故、私が総合検査を受けるように勧めたかというと

父が病気になる前に私の息子が

西諌早ニュータウンの森小児科で「単なる風邪」と診断されたのに

一週間後には「足がパンパンに腫れ」、

風邪の症状でないことが素人目にも明らかでしたので

私は諫早総合病院に連れて行きました。

すると、担当の先生は「即入院です。これは川崎病ですので、

生死に関わるかも知れません」と真顔で言われたのでした。

当時家内は公立学校の教員をしていたので

家内が付き添って緊急入院をしました。

素早い対応が功を奏したのと担当医師が川崎病の権威だったため

その後息子は劇的な回復ができ、今では社会人として元気で海外を飛び回わる仕事をしています。

その時の経験と私の経験が病院、医師、薬をほとんど信用しない方向に向かわせました。

父が、私の忠告を聞き入れてくれていたら

75歳で発症した「膵臓癌」は防げたかも知れません!

そして、まだまだやりたいことが一杯あったのに

76歳で亡くなりました。

だから、「信じるものは救われる」とは全然思えないのです。

逆に、「おぼれる者はワラをも掴む」と言いますが、

過去に私は何人もの同期生や友人が志半ばで

若くしてあの世に召されていった悲しくて苦い経験がたくさんあります。

私は医者はもともと万能ではなく、

自分の学生時代に学んだ「西洋医学」を信奉しているに過ぎず、

その後に出てくる新たな知見も学会に出て勉強しているにも関わらず

実際には役立てていない実例をロータリー活動を通じて知っています!

ましてやそれが商売ともなれば、

高額な「医療」を施したり、高価な「薬」を

数多くの病人に売りつけなければなりません。

しかも、現代では政官財、マスコミ、そして御用学者まで加えて

素人の不勉強を良いことにして「洗脳」までやっています。

だから、まんまと餌食になるのです。

それとは反対に私の母は85歳の時

一人で住んでいた頃私の実家の風呂場のタイルの上で

足を滑らせて「大腿骨骨折」をしました。

近くに住む従兄弟が田平町の青洲会病院に入院させてくれましたが、

その後が大変でした。

母は、以前から「医者」と「薬」が大嫌いで

「大腿骨骨折」をしているのに「金属」を添えた手術はせず

自分で治してみせると言い張りました。

しかし、主治医の説明を聞くと

どう考えても「金属」を添えた手術しか

回復出来る術がないことは明らかでした。

そこで、私は母を説得するのに主治医に

3つの提案をしました。

1 どんな検査をして、どんな目的でどんな薬を

どれだけ使用したかを明記する

2 看護日誌のコピーを頂く

3 主治医が書かれたカルテを頂く

これを1週間に1回、主治医・院長の署名付きで私に郵送してくだされば

母を説得して手術を受けさせますと申し上げました。

その先生は、院長に相談することもなく、

医療に関しては「ど素人」とも思える私の提案を即答で

「分かりました。仰るとおりにいたします!」と答えられたのでした。

その後、母はリハビリも真面目に取り組み、97歳の今も元気に生き延びています。

医者を信ずるために「私なりの医学上の知見」がなかったら

その時そんな知恵は浮かばなかっただろうと思います。

同じ病気、同じ症状でも医者によって正反対の知見を述べ、

全く違う「治療」をする例を数多く経験しています。

私は、42歳からの8年間を除けば

ずっと「走ったり」「歩いたり」してきましたので、

膝が痛くなったり、背中が痛くなったりはしょっ中で、

数多くの整形外科にお世話になってきました。

しかし、教え子の小出光秀君に紹介された

長崎蛍茶屋の「山口和博」スポーツドクターと北村理学療法士に出会うまでは

レントゲンを撮っては、「軟骨が磨り減っています。

消炎剤で経過を見ましょう」という診断と処方でした。

しかし、山口先生の見立ては全然違いました。

年齢と共に筋肉のバランスが崩れてきているので、

「筋肉」を強化してバランスを取り戻す以外に

「走ったり」「歩いたり」することは

難しいでしょうと言われたのでした。

そして、先生が良いでしょう「卒業です!」と言われるまで

2ヶ月間リハビリに週1回は通い続けました。

通い始めたのが6月で卒業したのが9月でしたが、

その年の12月に行われた「ホノルルマラソン」に出場し、

記録更新こそできませんでしたが、無事完走しました。

また、翌年5月の「ウルトラウォークラリー」にも出場して

一度も転倒することなく、第14位でゴールしました。

事ほど左様に精進を惜しまない名医とヤブ医者では違うのです!

だから、私は素人でも「医学的知見」を自分なりに学ぶ必要があると思うのです!

こんな経験から、自宅にトレーニングジム並みの用具を揃えて

毎週月水金は下半身の、火木土は上半身の「筋トレ」も

日課に取り入れ精進を怠らないようになりました。

だから、「膝」が痛むことは今ではうそのように消えてなくなりました。

誰をどれだけ信じるかは、今回述べたような自分自身と身内の体験や

私自身の食事、運動、そして知恵などに左右され、

結果的には「自己責任」で取捨選択する以外にないのです!

私は、これまでも、これからも自分が学んだ良かれと思うことを

自分の体で「人体実験」を繰り返しながら

医者や薬の世話にならない「ピンコロ人生」を全うしたいと思います。

「信じるものは救われる」などと呑気なことは言ってられません、

今日も新たな知見を学び続ける必要があるのです!

私は「歴史」は人の作り上げたもので、

自分の「体験」とは無縁なので

愚者と言われようが高慢ちきと言われようが、

何と言われても自分の「体験」と「知見」を信じて

生き続けたいと思います!

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とてもほのぼのとする結婚披露宴に久々振りに参列しました!

2014年11月23日 代表

去る11月16日は、

今年4月から「みのる塾」の副塾長を引き受けて頂いている

石川善章先生の「結婚披露宴」が

ホテルグランドパレス諫早で開催されました。

私は、最上段の席に座らされていました。

それというのも、両家を代表して祝辞を述べることになっていたからです。

この両家を代表してというのは、

当日その場で司会の方が述べられるのを聞いて知った次第だったので

事前に知らされていたら少しは両家に配慮したお話ができたかも知れませんが、

後の祭りでした。

もう1人披露宴が本格的に始まる前に「乾杯」の発声をされた方は、

35年ほど前に長崎日大の明倫館に設置していた自販機の補充に来ていただいていた

当時諫早乳業に勤められていた濱口さんだったのでびっくりしました。

そんな感じで始まりましたので

写真を撮ったのは、最初と最後しかありません。

先ずは、最初の各テーブルとメインテーブルの点火からご紹介します。

この写真を見るだけでお二人がどんなご夫婦になられるかを

暗示しているように感じました!

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そして、フィナーレは

両家のご両親や世話になった方々へ

お2人からの心温まるメッセージと花束贈呈、

そして謝辞となるわけですが、

新婦信子様はお母様だけですし、

新郎善章君は去年お父様が亡くなりましたので

叔父様が代理を務められました。

でも、亡くなられた方々は善章君信子さんのご結婚を

天国から祝福されているだろうと思います。

その辺りのことは、イーグル石川の叔父様が

ユーモアタップリに紹介されていて

その演出にも、とても感心した次第です。

兎に角、久々振りに「厳かさ」の中にも「ほのぼの感」の溢れた結婚披露宴に出席させて頂き、

私たち夫婦も久々振りに大変感動した結婚披露宴でした!

善章君、信子さん、これからも末永くお幸せに!

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みのる塾は、同窓会場?!

2014年11月22日 塾長

高校生のテストが近まったこの頃、高校生になって
塾を止めた人たちが集まって来て、真剣に学習を始めています。

家ではどうしても集中して勉強できないからと、
みのる塾に来て勉強しているのです。

高校生になっても、塾を止めずにずっと通ってきている人たち、
そこへ、テストのために塾に戻ってきた人たち、そして、
その人たちを「先輩」と慕っている後輩の塾生たちが
久しぶりの再会を喜んで、集まってきます。

授業が始まるまでの時間、そして休み時間、仲良く会談しています。
見ていて思わず笑みがこぼれるような風景です。

現中3の生徒たちは、今から
「先生、高校生になって一度塾を止めても、テスト前にはまた
みのる塾に来てもいいですか?」

ー「もちろん!」と私。

「がんばるみのる塾生」の伝統が、後輩たちにもしっかり引き継がれて
いることを知り、とても嬉しくなりました。

このほほえましい光景は、高校生の期末テストが終わるまで
続くことでしょう。

そして、次に同窓会?が開かれるのは、3学期のテストのときですね!

申し遅れましたが、副塾長の石川先生は今週の日曜日にめでたく
結婚披露宴を済ませ、今ハワイへ新婚旅行に行っています。

塾生の皆さんに「色紙」のお礼と、ご迷惑をおかけしますとの
伝言を頂いておりました。
石川先生の末永いお幸せをお祈りしております。

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去る11月15日は、国際ロータリー第2740地区の地区大会でした!

2014年11月22日 代表

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国際ロータリー第2740地区の地区大会が

去る11月14日から16日の日程で開催されました!

国際ロータリー第2740地区というのは、

長崎県と佐賀県の全てを束ねた国際ロータリーで認証された数字と区分です。

地区の総責任者(リーダー)のことをガバナーと言いますが、

そのカバナーを出しているグループの地区で

その地域に所属している全ロータリアンに招集をかけて開かれる

地域で一番大切な研修会がこの大会なのです。

その他にIM(インターシティミーティング)という地域グループの小規模な大会も

年に1回は、どこかで開催されます。(去年は私たちの諫早多良見ロータリークラブが当番でした。)

今回、私は仕事が立て込んでいたので

第1部と第3部は参加できませんでした.

出席したのは、第2部の大会総括のフィナーレの分だけです。

第3部は、記念懇親会でしたが、

懇親会に参加しなかったのは今回が初めてでした。

一番最後には、国際ロータリー会長の代理として台湾から副会長夫妻が

来賓として見えていて見事な日本語で総評はされました。

また、長崎の純心高校が「ローターアクト」として認証されたことも

特筆すべき事象ではなかったかと思いました。

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純心高校の今後の活躍が期待されます。

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