2015年3月10日 代表
私は、長崎日大に勤めていた48歳から2年連続で
登校時に日大坂で呼吸するのが苦しくなって
多良見町の「成人病センター(今の日赤)を受診したことがありました。
対処療法として処方された薬(90%は廃棄)で
乗り越えましたが、病名が違うのに薬が同じだったことに
疑問を抱きました。
しかし、原因を取り除かないと再発するだろうと考え、
30歳代の健康的な生活を謳歌していた時の「ライフスタイル」と比較してみました。
結論は、不摂生な生活習慣と運動不足だったんだと反省して
ガラッと「生活習慣」を変えることにしました。
まだ、当時は長崎日大の教員でしたので、
夜9時に休み、朝早く起きて団地の周囲を歩くことから
スタートしました。
団地の下を一周する周回コースは約2kmなのですが、
始めた頃は「ハアハア、ゼェゼェ」言いながら
1時間ぐらいかかっていたと思います。
その後、体力が戻ってくると7kmにしたり、12kmにしたりと
最初は距離を延ばしていきました。
この距離を楽に歩けるようになると、次は「時間短縮」です。
それも、一定レベルに達すると人と競争したくなり、
各種ウォーキング大会に出るように意欲的になりました。
確か、最初は「島原半島ツーデーマーチ」だったと思います。
吉野ヶ里、小国、久留米、下関、平戸と
中部から北部の各種ウォーキング大会は大半出場したことがあります。
でも、今は58歳の時に出会った「 佐世保島原105kmで開催される
「ウォークラリー」がメインです!
この大会に出場して上位を狙うために
日々のトレーニングがあると言っても過言ではありません。
60歳代の前半までは順風満帆でしたが、
64、65、66歳と3年連続で夜道で転倒しました。
66歳の時は何と3回も転倒し、オマケに左手小指まで骨折しました。
そのことがきっかけで長崎の蛍茶屋にある山口整形外科を受診して
その後のリハビリで加齢に打ち勝つ「筋トレ」の仕方を学んだのが一番の収穫でした。
それ以来、イチロー選手を真似して
ささやかですが、自宅に「筋トレ用品」を充実させていきました。
だから、今ではスポーツジムに通わずに
自宅で「上半身」「下半身」の大抵の部位が鍛えられる環境が
整いました。
実行しないと意味がありませんので、
机上に置いている「チェックリスト」で確認しています。
でも、追い込めば追い込むほど、
バランスが取れていない部分にしわ寄せがいくみたいで
最近では「外反母趾」をかばいすぎたのか、
左足底の第2指と第3指の間がズキズキするようになりました。
そこで、前回受診して「膝痛」を改善するヒントを頂いた
山口整形外科を再受診しました。
2月に山口和博先生の診断があり、
3月7日は、その診断を受けて理学療法士の北村先生に
ジョギングシューズのインソールにパッドを加工してもらって成型して頂きました!
それから、まだ2日しか経過してませんが
素晴らしい「歩き」が違和感なくできるようになりました!






このことから学んだことは、
普通に歩いたり、走ったりしただけでは味わえない故障から、
私たち人間は、
地球の重力に逆らいながら2足歩行という
「絶妙なバランス」を保ちながら
歩いているのだという恩恵を受けている「有り難さ」でした!
今、ヒシヒシと受け止めています!
これからもこの絶妙なバランス感覚を
なくさないようしたいと心掛けたいと考えています!