2015年11月30日 代表

50歳から私は

日課として「トレーニング」を生活の最優先事項として

組み入れてきました。

その本当の理由は、サラリーマン時代は

私が本当にやりたかった「トリプルライフ」が実現できなかったからです。

「トリプルライフ」という発想は、

本田直之氏の「デュアルライフ」という考え方を参考にしました。

彼のように若い時期から資金を手にできた人と違って

私は、前職のときから塾を経営するのに

国民金融公庫からお金を借りて始めたり、

リニューアルするのに退職金をつぎ込んだり、

年金も投入したりして今日までどうにか塾を存続させてくることができました。

しかし、一方で教員時代から考え続けてきた「老後生活」を安定させる方法としては

東南アジアでレバレッジを効かせた生活をしながら、

「ハワイ」や「バンクーバー」などのウィンターバード的生活と

そして必要必要に応じて日本に帰国する生活(それを「トリプルライフ」と称しています)とを

実現しようと前職を辞めた15年前から研究し、体験を重ねてきました。

生活の拠点をどこにするかというのは、

食べ物、医療、ビザ、言語、飲料水、インフラ、日本との往復手段、経済など

様々な問題が横たわっています。

そして、もう1つ大きな問題は、

いつでも、どことでも、情報を発信し受信することができる環境です。

私は、今もやっているように何時もネットでものを書くことを習慣にしている関係上、

モバイルがどの程度、どういう環境で使えるかは

死活問題となりますので、その辺の研究も欠かせない課題です。

そんな時期に、格好の雑誌が見つかりました。

「モバイル超仕事術」という、私が知りたいことを満載した雑誌です。

私が今知りたいことを書いた資料が見つかりました。

四角大輔さんの「モバイルで自由を手に入れる」という文章を

紹介して終わりたいと思います。

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2015年11月24日 代表

私は、物心ついたときから母親から

我が家はお寺の檀信徒だということを

事ある度に聞いていましたので

小さい頃から「仏教徒」であることは

自覚していたように思います!

しかし、私が住んでいた実家のある地域の周りは

カトリック信徒が多い地区で、毎週日曜日には家族総出で

楽しそうに教会に通う姿を見ていたのです。

一方、仏教徒の我が家は、

何か法事がないとお寺に出かけることはありません。

だから、子供心にも不思議に思っていました!

そんな中にあって母親だけは信心深く

何時もお寺に通っていて私にお寺に行くことを熱心に勧めていました。

「親の心、子知らず」と言いますが、

そんな態度が一変したのは、

中学時代から大好きだった理科、

中でも一番興味のあったのが「物理」でしたが、

その物理の授業中に教科担当の椋本先生が

脱線して話されたことが

お寺に行くきっかけになりました。

「鰯の頭も信心から!」という諺がありますが、

正にそれを地で行った感じでした。

椋本先生は、「受験勉強で一番大事なものは何だろうか?」と

私たちに質問されたのです。

大半の級友は「必死に勉強して学力をつけることだ」と思っていました。

しかし、常識的な答えではないだろうと思っていた私は、

思わず、「先生、分かりません。教えてください!」と言っていました。

そしたら先生は「集中力と持続力を養うことが受験に一番大事だ。」

「これは志望校に合格すること以上に

一生使える財産になる」と言われたのです。

でも、その方法論が分からなかった私は、

「どうやったらその抜群の集中力と持続力をつけることができるのですか?」と

2回目の質問をしていました。

すると先生は、「坐禅をしたら良い」と答えられたのです。

この時、初めて私は自分の意志でお寺に行ってみようと思い、

聴いたその日の学校帰りに是心寺に寄って

学校で聴いた話をそっくそのまま話をして入門をお願いしました。

そして、故辻宗哲老師の門人となったのです。

何をどう話したかは今となっては覚えていないのですが、

和尚の眼光鋭い目の中に、一方でどこまでも吸い込まれそうな優しい眼差しが

強烈に残っていて今でもその眼差しが時々私の脳裏に蘇ります。

入門をお願いした時期は、

17歳高校3年生の受験真っ盛りの2学期でした。

それ以来、毎月3泊4日の「坐禅会(興禅会と名づけられました)」には

受験の日を除いては必ず参禅するという変な高校生でした。

でも、坐禅会で宿泊する日は、

私専用の一室を借りて受験勉強もちゃんとした上で

お寺から学校に通うことを繰り返していました。

その後、大学生になってからも京都本山の妙心寺で

「青年幹部候補生」の修行も受けましたが、

元々宗教的な興味からの修行というより

「精神的な在り方」を探求するための修行でしたので

会得するとその後は余り興味を示さなくなりました。

妹や弟、そして伴侶となった家内のほうが

私以上に余程信心深い信徒になりました。

それにしても、高3のあの話と坐禅の経験がなければ、

その後様々な場面で力を発揮している

「集中力」と「持続力」は養うことはできなかったと思います。

そして、先日の小中学生が坐禅している後姿を見ていると

かつて「坐禅」に必死で取り組んでいた自分がいたことを思い出して

目頭が熱くなるほど嬉しいなあ、有り難いなあと思った次第です。

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2015年11月21日 代表

諫早市で一番古い古刹と言われる

和銅寺で毎年の恒例行事となった「坐禅会」が

11月21日(土)に開催されました。

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みのる塾からは、初参加の石川副塾長、塾長、そして私を含む3人が引率者で

3台の車に分乗して高来町まで出かけました。

参加者は、受験生の中3生15名と小6生5名の合計20名の希望者です。

車から降りた直後は、みんなと談笑しあったり

小学生は周囲を散策したりして時間をつぶしていました。

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私の車に乗った中3の女子は

みんな仲良し五人組が一緒に

笑顔で記念写真撮影に応じてくれました。

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これは、小学生のグループです。

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それから、本堂に入って

最初に宮崎候貴住職の和銅寺の由来、お寺での作法、坐禅の意義、意識の持ち方など

小中学生にも分かり易い言葉で講和をして頂きますした。

本来は、最低でも3時間程度はかかるのですが、

特別にお願いして1時間程度でさわりを経験してもらい、

受験時の緊張感・焦燥感・不安感などを取り除く目的でやっています。

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喜々津中の生徒たちは、

修学旅行の時に京都の妙心寺で体験したことがあったり、

小学生の時にも和銅寺の坐禅会に参加したことのある2名も

含まれています。

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和尚様のお話が終わると

次はいよいよ坐禅の体験に入ります。

私は、高3の受験で一番忙しい時期に

自分から求めて毎月3泊4日の坐禅会に参加していましたので

指導することもできます。

でも、今回が一番人数も多かったし、

座り方も一番様になっていたように思いました。

以下は、その様子です。

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如何でしょうか?

ほんの短時間でこれだけの上達ができるのです。

「鉄は熱いうちに打て!」ということわざを

再認識する瞬間です。



2015年11月4日 代表

『ジョコビッチの生まれ変わる食事』は、

2015年4月に出版されました。

また、『シリコンバレー式自分を変える最強の食事』は、

日本では2015年9月に第1刷が、

そして10月には早くも第3刷が印刷されました。

中身は、どちらもグルテンを極力控えて、

野菜や良質なたんぱく質を

できるだけ生の状態で食べるという点で似ていますが、

ディブ・アスプリーの『最強の食事』では、

高パーフォマンスは謳っているものの、

かなりの程度で「運動」の必要性は否定されています。

両者ともに欧米人であることから

私たち農耕民族、特に東南アジア人には合わない部分もあるのではないかと

思っています。

私としては、両者の共通する部分を自分の体で人体実験しながら

私が求める100km超の「ウォークラリー」で

高いパーフォマンスを90歳を越える高齢時代まで

維持できる努力を続けていきたいと思います。

関心のある方は、先ずジョコビッチの本を読んでみてください。

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そして、彼が言っていることが理解できた人は

ディブ・アスプリーの『シリコンバレー式自分を変える最強の食事』へと

進んでみてください。

どちらを取り入れるかではなく、

自分の体にどちらが合うかを自分の体で検証しながら、

自分の体の声を聴きながら「取捨選択」していくことが

とても重要だと思います。

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2015年10月30日 代表

先日、『クーリエジャポン』の11月号を

近くの明光堂書店に買いに出かけた際、

店内を一周していたら、面白い本を発見しました。

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その本は、『人生つれづれニャるままに』という

何とも面白いタイトルが付けられていました。

普段は、題名よりも中身を点検してから買うことにしているのですが、

この日はタイトルに吊られて衝動買いをしてしまいました。

勿論、この本は題名とは裏腹に

ちゃんと兼好法師の『徒然草』の各章段を踏まえて書かれた

極めて真面目な本なのです。

私は、かつて高校生や中学生に国語を教えていた経験上、

徒然草、枕草子、平家物語、源氏物語など

古典中の古典という書物は、何度となく教えたこともあれば、

それなりに学習した経験もあります。

そのため、それらの文章のいくつかは

暗唱しているものもあります。

中でも、『徒然草』は序段から大好きな表現で始まり、

それを参考にしているためか、

ブログを毎日書き続ける原動力になっているのだと思います。

つれづけなるままに 日暮らし パソコンに向かひて

心に映りゆくよしなしごとを うちつくれば

あやしうこそ ものぐるほしけれ!