2月20日(土)は、何時も通り早起きをして
ホテルを出発地点としてウォーキングをしました。
今回私が泊まったホーチミン1区の周辺は
これまでに一度も足を踏み入れたことのない場所でした。
外国であろうと日本であろうと初体験の場所で「ウォーキング」をする時は
「往復コース」を必ず設定するようにしています。
特徴のある「ランドマーク」をきちんとマークしながら歩くのですが
それでも道に迷うことがあります。
先日も述べましので、これ以上言及しません。
さて、歩き終わると朝食です。
ホテルの朝食は原則として食べません。
世界万人に共通しているありふれたものしか味わえないからです。
私は、人と一倍好奇心旺盛なので
街角の現地人(英語や日本語が通用しない場所も多々あります)が利用するレストランは元より
道路沿いにある屋台でも平気で利用します。
今回は、珍しく昨日と同じレストランでした。
しかし、食べたものは前日とは全く違うものを食べてみました。
米でできた麺ですが、
フォーとは違って上から別添えの汁をかけて
食べるものでした。
初体験でしたが、美味しく感じました。
女性2人の待つ日航ホテルで待ち合わせた後、
この日は杏林国際語学院理事長先生のリクエストだった
アン・トゥーさんの日本語学校へ
午前10時にお邪魔しました。
山渋理事長先生のご要望は、日本語を学んでいる学生たちへの説明会と
日本へ留学する予定になっているベトナム人留学予定者の面接をすることでした。
私たちも同席させてもらい、説明会も拝見することができました。
この日本語学校の経営者であるアン・ツゥーさんは、
6年間も長崎で勉強したベトナム人留学生の草分け的存在であるだけに
日本語の不慣れな学生たちによどみない通訳振りで
生徒たちも真剣な眼差しで説明に釘付けだったのが印象的でした。
その後、山渋理事長先生は1階に降りていかれて
留学希望の学生3人と面接をされました。
でも、熱心に説明を聞いてくれた残りの学生の相手を
急遽私が担当することになりましたので、
アドリブで 1 夢(志)を持つことの大事さ、2 続けることの大事さを
現在私がやっている塾の仕事と自己紹介を兼ねて
約20分ぐらいのお話をしました。
アン・トゥさんの教え子の人が
助手として通訳をしてくださったので助かりました。
その後、ホテルに戻り
ホーチミン空港からジェットスターというLCCに乗って
ダナンに移動しまた。
ダナンの空港では、長崎に留学経験のあるタン君と
朝一番の便で先に到着していた中村さんが出迎えてくれて
最初にダナン大学へ向かいました。
ダナン大学ではタン君紹介の日本語が上手な教授と
今後のベトナムと長崎の交流促進についての話を主に冨岡先生の名代で来ていた澤部さんがしました。
ダナン大学には、長崎で日本語を学んだ優秀な学生さんたちが
後輩の指導をしているように伺いました。
短時間でしたが有意義な出会いだったと思いました。
ダナン大学を後にすると、
次は、先述したタン君のご自宅兼日本語学校にお邪魔しました。
ここも、杏林国際語学院の山渋先生のリクエストでした。
今回これで、3校目の訪問となったわけですが、
私が観察した中で、タン君の私塾といっても良い日本語学校が
生徒たちが一番伸び伸びと楽しみながら学習に励んでいる様子が伺え、
頼もしい感じがしました。
それは、多分タン君と奥様の暖かい雰囲気、
そして人柄によるところが大きいように思った次第です。
ここでも、山渋先生による3人の面接にも
立ち会いました。
そして、最後は全員で記念写真に納まるというおまけまでついて、
最後は、名残惜しそうに分かれることになったのが
とても印象的でした。
それから、山渋先生がホイアンは行かれたことがないというので
ホイアンに行って、遅い夕食を摂り、
午後9時にダナン市内に戻って
「ドラゴンブリッジ」の火を噴き水を吹くショーを見て
ホテルに戻りました。