私のランニングと速歩の先生は、
バルセロナオリンピックの陸上競技50km競歩代表選手だった
園原健弘氏です。
どうやって知り合ったかというと
彼の著作『正しく歩いて東京マラソン完走』という本を
読んだのがきっかけでした。
その本の巻末のほうに
質問や相談事のある方は「ご連絡ください」と書いてあり、
メルアドが載っていたので
当時、佐世保島原105kmで開催される「105ウォークラリー」で
上位を狙っていた私は
迷わず「上京した折に個人レッスン」を受けたいと
駄目もとでメッセージを送りました。
2009年4月のことでした。
しかし、彼は1つ返事で「OK、お待ちしています」と
言ってきました。
大学の長崎県支部長をしていたり、
子どたちが東京で所帯を持っていたりするので
年に2、3回は上京するのでいつかは実現できるかなという淡い希望でしたが、
直ぐ実現しました。
2009年6月に大学の同窓会総会で上京した時
丸の内公園内で最初のレッスンを受けました。
それから、次に上京した8月には
神楽坂のラバチューブのトレーニングルームで
股関節や肩甲骨など体幹の動かし方を
教示していただきました。
そして、その年の12月には
初めてのホノルルマラソンに「速歩」で
チームSONOの一員に加えてもらい初参加しました。
その後、2010年3月には、
ヴェトナムダナンで開催された「ダナンハーフマラソン」に
全国から応募してきた8名のメンバーの一員として
気温34度湿度89%の過酷な条件の下
完走しました。
園原さんのおかげでヴェトナム在住11年の
中村さんともこの時知り合い、
年齢的に近い3人は
この時から「そのちゃん、なかちゃん、くろちゃん」と
愛称で呼び合う仲になりました。
そして、2011年・2012年とホノルルマラソンも
3回目を迎えたのです。
2011年は4時間59分、そして2012年は4時間36分と
年齢は上がっているのに「自己記録」を更新し続けています!
2012年12月のホノルルマラソンで撮った写真で
園原さんを紹介します。
考えも洗練されている人だし、お洒落だし、飲むと面白いし、
誰からも好かれる人柄です。
ホノルルに着いてからの練習は
日ごろと違い控えめで、むしろ少ないくらいに感じます。
ダイヤモンドヘッドをバックにした
到着翌日の記念撮影が恒例となっています。
真ん中の短パン、青シャツで
何か話している人が「そのちゃん」です。
2012年はもう1人の方が新たな私の先生になりました。
勿論、上京したときに面識はあったのですが、
今回のように同室で長時間を一緒に過ごしたことはありません。
新宅雅也さんです。
新宅さんは、学生時代から活躍されていて
今年箱根駅伝で日体大が30年ぶりに優勝したと
話題になりましたが、
その30年前の総合優勝の時箱根の山登りの激走で
一躍有名になった方です。
オリンピックには3回出場。
1 幻のモスクワオリンピック…3000m障害代表選手
2 ロサンゼルスオリンピック…10000m代表選手
3 ソウルオリンピック…男子マラソン代表選手、17位。
1985年12月の福岡国際マラソンでは
2時間9分51秒で優勝(自己最高記録)!
1980年代に瀬古利彦選手や中村孝生選手と
中村監督の門下生として急成長し、
3人一緒にSB食品に入社し、実業団駅伝での優勝などなど!
でも、素顔の新宅さんは
そんな輝かしい経歴をひけらかすこともない
すごく親しみやすい人格の方でした。
謙虚で、前向き、そして何より私と共通するのは
「好奇心」一杯で「過去」より「未来志向」という点でした。
そのちゃんとしんちゃん。
園原さんは5つ上の新宅さんに
気を遣っているのか緊張気味、
それに対して新宅さんの笑顔が対照的なショットでした。
別の日に私たちのコンドで
パーティをしたときはまた別の雰囲気でした。
右側の男性は、もう3回ご一緒している
トライアスロンもフルマラソンもチームSONO第一人者の
中川君です!
最後は、ゴールした後に開かれた
晩餐会兼反省会の一こまです。
実際は、もっと大勢いたのですが
写真写りが良いコマにしました。
そして、矢張り先生らしいのは、
総合コメントをお二人がそれぞれ話されていた
場面ではないでしょうか?
右側が「しんちゃん」、左側が「そのちゃん」です!